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世界史情報局

世界の全史を自分なりに見渡してみようと思って始めたブログ。近代以前の世界史の中心だった東アジアと西アジアの視点から、なるべく手を広げながら通史を書いています。根も葉もない出鱈目は書かないけど、面白さ重視で描写の脚色もします。

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中華世界の歴史 年表

孔子曰く「故きを温ねて新しきを知る。以て師と為るべし」

<殷王朝以前>
(「歴史」1~4)
紀元前3000年頃 長江下流域で良渚文化が繁栄、稲作と都市の痕跡・王権の萌芽
紀元前2000年頃 良渚文化が崩壊
              →(?)華南に印文陶が広がる(「百越」世界の起源?)
              →(?)伝説上の夏王朝創建
紀元前1600年頃 黄河中流域で二里頭文化が成立、伝説上の夏王朝滅亡・殷王朝創建

<周王朝>
(「歴史」5~7)
紀元前1046年頃? 牧野の戦い
              →殷王朝滅亡・周王朝成立(「殷周革命」)
紀元前1040年頃? 周公の執政、黄河中下流域で周王家の一派と殷の残存勢力が大規模反乱を起こす(「三管の乱」)
紀元前977年頃? 第4代昭王が南征し、長江付近で行方を絶つ
紀元前950年頃? 第5代穆王が西征を行なう(三星堆文化圏に到達?)
紀元前857年頃 第10代厲王が即位、周王朝衰亡の端緒とされる
紀元前771年 犬戎が鎬京を襲撃
              →幽王戦死、西周時代の終焉

<春秋時代>
(「歴史」8~10)
紀元前722年頃~ 鄭が中原の覇権を握る
 紀元前719年 鄭の荘公が五ヶ国連合軍を撃退(「東門の役」)
 紀元前707年 鄭の荘公が周王軍を破る(「繻葛の戦い」)

紀元前682年頃~ 斉が中原の覇権を握る
 紀元前664年 斉の桓公が山戎を討つ
 紀元前656年 斉の桓公が楚の北進を阻止する(「召陵の盟」)
 紀元前651年 斉の桓公が覇者として公認される(「葵丘の会盟」)

紀元前642年頃~ 宋が中原の覇権掌握を試みるも失敗
 紀元前639年 宋の襄公が会盟の席上で捕縛される(「盂の会盟」)
 紀元前638年 宋の襄公が楚に大敗する(「泓水の戦い」)

紀元前636年頃~ 晋が中原の覇権を握る
 紀元前636年 晋の文公が帰国する
 紀元前635年 晋の文公が周王家の内紛を鎮める
 紀元前632年 晋の文公が楚の北進を阻止し(「城濮の戦い」)、覇者として公認される(「践土の会盟」)

紀元前606年頃~ 楚が中原の覇権を握る
 紀元前606年 楚の荘王が周王を威圧する(「問鼎」)
 紀元前596年 楚の荘王が晋を破る(「邲の戦い」)
 紀元前585年 呉人の族長・寿夢が王を称する 

紀元前575年頃~ 晋が再び中原の覇権を握る
 紀元前575年 晋の厲公が楚の共王を破る(「鄢陵の戦い」)
 紀元前546年 晋と楚が講和(「弭兵の会盟」)し、晋楚争覇の時代が終わる

紀元前546年頃~ 二極構造の崩壊
 紀元前536年 鄭の子産が成文法を制定
 紀元前506年 呉王闔閭が楚を撃破し、郢を占領する(「柏挙の戦い」)
 紀元前498年 魯の孔丘(孔子)が三桓氏排斥に失敗して追放される
 紀元前496年 越王勾践が呉王闔閭を敗死させる(「檇李の戦い」)
 紀元前494年 呉王夫差が越王勾践を破り、降伏させる(「夫椒・会稽の戦い」)
 紀元前482年 呉王夫差が一時的に中原の覇者として公認される(「黄池の会盟」)
 紀元前473年 越王勾践が呉を滅ぼす(「姑蘇の戦い」)
 紀元前473年 越王勾践が淮水流域に進出し、中原の覇者として公認される(「徐州の会盟」)
 紀元前453年 趙氏・魏氏・韓氏が晋を事実上分割する(「晋陽の戦い」)
 紀元前403年 晋が趙・魏・韓の三国に分裂する(春秋時代の終焉

<戦国時代>
(「歴史」11~13)
紀元前388年 斉で田氏が王位を簒奪
紀元前362年 秦で孝公が即位
紀元前341年 斉が魏を大敗させる(「馬陵の戦い」)
紀元前340年 秦が魏から河西を奪還
紀元前334年 越が滅亡
 →越人が山東・安徽・福建・広東・広西・朝鮮半島・日本列島に四散?
  →華南、朝鮮半島南部、日本列島西部における国家形成プロセスの始動?
紀元前333年 六国対秦同盟が成立(「合従」)
紀元前317年 六国対秦同盟が瓦解
紀元前316年 秦が巴蜀を征服
紀元前314年 燕で内紛が起こり、斉が燕を一時占領
紀元前313年 楚が対秦包囲網から離脱(「連衡」)
紀元前307年 秦で昭襄王が即位、趙で武霊王が軍制改革を行う(「胡服騎射」)
紀元前293年 秦の白起が韓魏連合軍を撃破(「伊闕の戦い」)
紀元前288年 斉王と秦王が東帝と西帝を称する
紀元前285年 燕の楽毅が斉の臨淄を陥落させる
紀元前279年 秦が楚の西半を奪う
紀元前260年 秦の白起が趙を撃破(「長平の戦い」)
紀元前256年 秦が西周王朝を滅ぼす
紀元前246年 秦で政王が即位
紀元前238年 秦で嫪毐が反乱を図って失敗し、呂不韋が失脚(「長信公の乱」)
紀元前221年 秦が天下を統一し、秦王政が始皇帝を称す

※当時の年代については異説が多数あります(とくに平勢某教授)
※とりわけ周王朝前期以前の年代は曖昧です



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(これが上記の「異説」)




<秦王朝/楚漢戦争>
(「歴史」14)
紀元前210年 始皇帝が崩御
紀元前209年 旧六国で同時多発反乱(「陳勝・呉広の乱」など)
 冒頓単于が匈奴の支配者となる
 趙陀が南海郡(広東)で自立し、南越の武帝を称す
紀元前208年 楚の項羽が秦軍を破り、反乱諸勢力の盟主となる(「鉅鹿の戦い」)
紀元前207年 楚の劉邦と項羽が秦を滅ぼし、十八王の封建が行われる
紀元前206年 諸王の自立が相次ぐ(「楚漢戦争」開始)
紀元前203年 漢の劉邦らが楚の項羽を滅ぼす(「垓下の戦い」)

<前漢王朝>
(「歴史」15~)
紀元前202年 漢の劉邦が皇帝に推戴される(「前漢」成立)
紀元前201年 漢帝劉邦が楚王韓信を打倒
紀元前200年 漢帝劉邦が匈奴の冒頓単于に屈服(「白登山の包囲」)
 →匈奴帝国が漢帝国を事実上の属国とする
紀元前196年 漢帝劉邦が趙王彭越と淮南王黥布を打倒
紀元前195年 漢帝劉邦が燕王盧綰を打倒
 →燕の衛満が箕氏朝鮮を滅ぼし、衛氏朝鮮を建てる
 漢帝劉邦が崩御し、呂后が実権を握る
紀元前180年 呂后が死去し、呂氏専権が終わる
 →代王劉恒が皇帝となる(「文帝」)
紀元前177年頃 匈奴帝国が北アジアの覇権を握る
紀元前154年 漢帝国の東方諸王が反乱(「呉楚七国の乱」)
 →反乱鎮圧により漢帝の実効支配が漢帝国全域に貫徹
紀元前141年 膠東王劉徹が皇帝となる(「武帝」)
紀元前138年 漢帝国が東甌王国を併合
紀元前133年 「大匈奴戦争」勃発(「馬邑の役」)
紀元前127年 衛青、オルドスを奪回
紀元前121年 霍去病、河西回廊を制圧
紀元前119年 衛青と霍去病、漠北に遠征
 →匈奴帝国、ゴビ沙漠以南より撤退
紀元前110年 漢帝国、閩越王国を完全に滅ぼす


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イスラーム世界の歴史 年表

アクセス解析すると、どうもこの記事が一番集客力あるような気がする。


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(アッバース朝イスラーム帝国)

イブン・ハルドゥーン曰く「歴史学は多様な理論を持つ学問である。その有用な面は極めて多く、その目的は高貴である」


<第一部 統一帝国の時代>

(「歴史1 夜明け前」)
570年 「預言者」ムハンマド誕生

(「歴史2 時代の使徒ムハンマド」)
610年 ムハンマドが最初の啓示を受ける
622年 ムハンマドと原初イスラーム教団がマディーナに移住(聖遷;ヒジュラ)

(「歴史3 アラビア半島の支配者」)
624年 バドルの戦い
625年 ウフドの戦い
627年 ハンダクの戦い
628年 フダイビーヤの和議
  (※この年、ビザンツ帝国とサーサーン朝が講和)
630年 ムハンマドがマッカ入城、「遣使の年」

(「歴史4 代理人の時代」)
632年 ムハンマド没、アブー・バクルが初代カリフとなる、リッダ戦争開始(~633)

(「歴史5 大征服の序章」)
633年 大征服戦争開始
634年 アブー・バクル没、ウマルが第二代カリフとなる
636年 ヤルムーク河畔の戦い(シリア征服)
637年 カーディスィーヤの戦い(イラーク征服)
641年 アレクサンドリア陥落(エジプト征服)
642年 ニハーヴァンドの戦い(サーサーン朝ペルシア崩壊)

(「歴史6 内乱と分裂」)
644年 ウマル没、ウスマーンが第三代カリフとなる
656年 ウスマーン殺害される、アリーが第四代カリフとなる、駱駝の戦い(第一次内乱;~661)

(「歴史7 シーア派誕生」)
657年 スィッフィーンの戦い(ムアーウィヤ優位確立)、ハワーリジュ派誕生
660年 ムアーウィヤがウマイヤ朝初代カリフとなる(ウマイヤ朝開始)
661年 アリー殺害される(正統カリフ時代終焉)
680年 ムアーウィヤ死去、ヤズィードが第二代カリフとなる、カルバラーの悲劇

(「歴史8 第二次内乱」)
683年 イブン・アッズバイルが挙兵(第二次内乱;~697)
691年 イブン・アッズバイル敗死

(「歴史9 諸国征服の世紀」)
694年 アル・ハッジャージュがイラーク総督に就任、中央アジア・シンド征服戦争開始(~715)
698年 マウレタニア征服
711年 イベリア侵攻、グアダレーテ河畔の戦い(西ゴート王国征服)
732年 トゥール・ポワティエの戦い(ヨーロッパ進出停止)

(「歴史10 黒旗の革命軍」)
747年 アブー・ムスリムの挙兵(アッバース革命開始;~750)
749年 サッファーフ即位(アッバース朝開始)
750年 マルワーン2世敗死(ウマイヤ朝滅亡)

(「歴史11 神の給うた都)
751年 タラス河畔の戦い(イスラーム帝国と中華帝国の遭遇)
754年 サッファーフ没、マンスールがアッバース朝第二代カリフとなる
755年 アブー・ムスリム処刑
756年 ジャアファル・アッサーディク没、イスマーイール派と十二イマーム派の分裂(→歴史13)、後ウマイヤ朝成立(→歴史14)
762年 バグダード建設開始

(「歴史12 ザンジュとグラーム」)
786年 ハールーン・アッラシードが第5代カリフとなる
803年 バルマク家の粛清
806年 ラーフィー・イブヌル・ライスの反乱、ハールーン・アッラシード没
811年 アミーンとマアムーンの内乱開始(~813)
821年 ターヒル・イブン・フサインがホラーサーン総督に就任(ターヒル朝成立)
830年 「知恵の館」設立
833年 マアムーン没、ムウタスィムが第八代カリフとなる、グラーム軍団拡大
836年 サーマッラー遷都
  (※840年 モンゴル高原でウイグル可汗国が崩壊し、「テュルク族の西進」がはじまる(→歴史16))
868年 エジプト総督アフマド・イブン・トゥールーンが自立(トゥールーン朝成立→歴史13)
869年 ザンジュの乱(~883)

(「歴史13 東西の暗雲」)
873年 ヤアクーブ・イブン・アルライスがターヒル朝を滅ぼす(サッファール朝成立)、ナスル・サーマーニーが自立(サーマーン朝成立)
874年 第十二代イマームのムハンマド・ムンタザルがガイバ(幽暗)に入る(「隠れイマーム」信仰の成立)
899年 イスマーイール派のウバイドゥッラーがマフディーを自称、イスマーイール派(本流)とカルマト派の分裂
909年 ウバイドゥッラーがカリフを称する(ファーティマ朝成立)
912年 後ウマイヤ朝のアブドゥルラフマーン3世が即位(→歴史14)
929年 アブドゥルラフマーン3世がカリフを称する(→歴史14)
930年 カルマト派がマッカの黒石を奪う(~951)
936年 アブドゥルラフマーン3世が新都ザフラーの建設を開始(→歴史14)
945年 ブワイフ朝のアフマド(ムイッズ・ウッダウラ)がバグダードに入城(ブワイフ朝時代の開始)
960年 カラ・ハン朝で天幕二十万帳のテュルク人がイスラームに改宗したとされる(→歴史16)
962年 サーマーン朝のアルプテギンがガズナで独立(ガズナ朝成立→歴史16)
969年 ファーティマ朝がエジプトを征服、アル・カーヒラ(カイロ)建設


ここからマグリブ(西方イスラーム世界)とマシュリク(東方イスラーム世界)に分岐します! 注意! 見比べるのもお勧め!


<第二部 群雄割拠の時代――マグリブ>

(「歴史14 アンダルスの栄華」)
978年 後ウマイヤ朝でムハンマド・イブン・アビー・アーミルがハージブ(侍従)に就任し事実上の最高権力者となる
1008年 アーミル家のサンチュエロが後ウマイヤ朝の実権を掌握(後ウマイヤ朝崩壊のはじまり)
1031年 後ウマイヤ朝が滅亡、タイファ(諸侯国)時代がはじまる

(「歴史15 ナバス・デ・トロサへの道)
1039年 イブン・ヤースィーンがセネガル河口にリバートを建設(ムラービトゥーンの起源)
1051年 ズィール朝がファーティマ朝から離反、ヒラール族のイフリーキヤ侵入
1054年 アルモラビッドの聖戦がはじまる(ムラービト朝起こる)
1086年 ムラービト朝がアンダルスに進出、サグラハスの戦い(ムラービト朝勝利)
1125年 イブン・トゥーマルトが蜂起(ムワッヒド朝起こる)
1147年 ムワッヒド朝がマラケシュを占領(ムラービト朝滅亡)
1195年 アラルコスの戦い(ムワッヒド朝勝利)
1212年 ラス・ナバス・デ・トロサの戦い(キリスト教諸国連合軍勝利、アンダルス没落のはじまり)


<第三部 群雄割拠の時代――マシュリク>

(「歴史16 ガズナの征服王)
998年 ガズナ朝のマフムードが即位
999年 カラ・ハン朝がサーマーン朝を滅ぼす
1001年 ガズナのマフムードが最初のインド遠征を開始
1030年 ガズナのマフムードが死去

(「歴史17 大セルジューク朝の勃興」)
1038年 トゥルクマーン族長のトゥグリル・ベグがニーシャープールに入城(大セルジューク朝成立)
1040年 ダンダンカーンの戦い(ガズナ朝の没落と大セルジューク朝の興隆がはじまる)
1055年 大セルジューク朝のトゥグリル・ベグがバグダードに入城(ブワイフ朝時代の終焉、セルジューク朝時代のはじまり)
1071年 マラズギルトの戦い(ビザンツ帝国がアナトリアを喪失、アナトリアのテュルク=トルコ化開始)

(「歴史18 暗殺者の王国」)
1092年 イスマーイール派暗殺教団が大セルジューク朝の宰相ニザーム・アルムルクを暗殺(暗殺教団成立)
1096年 第一次十字軍はじまる(→歴史19)
1099年 第一次十字軍、エルサレムを占領(→歴史19)
 (※1125年 東アジアで遼王朝が滅亡し、金王朝が華北を制圧)
1132年 耶律大石が中央アジアのイリ地方で西遼(カラ・キタイ)を建国
1141年 カトワーン平原の戦い(大セルジューク朝崩壊のはじまり)

(「歴史19 フランク襲来」)
上記参照

(「歴史20 反撃の狼煙」)
1144年 モスルのアターベク、ザンギーがエデッサを奪還
1149年 ゴール朝のアラーウッディーン・フサインがガズナを破壊(→歴史22)
1154年 ザンギー朝のヌールッディーンがダマスクスに入城
1169年 ザンギー朝のシールクーフがアル・カーヒラ(カイロ)に入城
1171年 ザンギー朝のサラーフッディーンがファーティマ朝を滅ぼし、エジプトに自立してアイユーブ朝を建てる

(「歴史21 交錯する聖戦」)
1187年 ヒッティーンの戦い、アイユーブ朝のサラーフッディーンがエルサレムを奪還
1189年 第三次十字軍はじまる
1192年 第二次タラーインの戦い(イスラーム勢力の北インド支配開始)(→歴史22)
1198年 ホラズム・シャー朝のアラーウッディーン・テキシュがバグダードに入城(→歴史22)
1206年 大モンゴル帝国(イェケ・モンゴル・ウルス)成立、デリーの奴隷王朝成立(→歴史22)
1211年 ナイマンのクチュルクが西遼(カラキタイ)を簒奪(→歴史22)
 (※同年、大モンゴル帝国の第一次対金戦争開始(→歴史22))
1219年 大モンゴル帝国のホラズム遠征開始(→歴史23)
1229年 神聖ローマ帝国のフリードリヒ2世がエルサレムを無血で獲得
1236年 大モンゴル帝国のキプチャク・ルーシ遠征開始(→歴史23)
1239年 アイユーブ朝がエルサレムを奪還



某教授曰く「極論すればアフロ・ユーラシアの全歴史はひとまずモンゴルへ流れ込み、モンゴルから再び流れ出す」


<第四部 大モンゴルの時代>

(「歴史22 世界征服者の到来」)
上記参照

(「歴史23 狼と三日月)
1249年 第七次十字軍はじまる
1250年 アイユーブ朝(宗家)が滅亡、マムルーク朝がはじまる
1253年 大モンゴル帝国の西南アジア遠征が開始
1258年 大モンゴル帝国がアッバース朝を滅ぼす
1260年 アイン・ジャールートの戦い(マムルーク朝がモンゴル帝国を破る)

(「歴史24 嵐のあと、嵐のまえ」)
1261年 マムルーク朝のバイバルスがアッバース朝カリフをエジプトに擁立(カイロ・アッバース朝成立)
 (※この年、ニカイア帝国のミカエル・パレオロゴスがビザンツ帝国を再興)
1264年 マムルーク朝とジョチ・ウルスが同盟(ナイル・ヴォルガ同盟)、クビライ・カアンがアリクブケ・カアンを降す(→歴史23)
1268年 マムルーク朝のバイバルスがアナトリアに遠征(ルーム・セルジューク朝、事実上崩壊)
1270年 フランス王国のルイ9世がチュニジアに遠征
1273年 大元ウルスのクビライ・カアンが南宋帝国を征服(→歴史23)
1282年 シチリアで反フランス暴動が発生(シチリアの晩祷)
1291年 マムルーク朝のアシュラフ・ハリールがアッカを占領(十字軍戦争の終焉)
1295年 フレグ・ウルスでガザン・カンが即位(フレグ・ウルスのイスラーム化)
1335年 フレグ・ウルスのアブー・サイード・カンが暗殺される(フレグ・ウルスの崩壊)
1357年 ジョチ・ウルスのクルナがベルディベク・カンを暗殺(ジョチ・ウルス内乱のはじまり)
 ※1368年 大元ウルスのトゴン・テムル・カアン、大明帝国に追われて大都を撤退(モンゴル世界支配の終焉)

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イスラーム世界の歴史第2部 用語集(2/18 「アンダルスの栄華」関連を反映)

第2部といっても2章だけなんですが。
「歴史14 アンダルスの栄華」と「歴史15 ナバス・デ・トロサへの道」の新出用語。

ざざっと作ったので見落としもあるかも。


【人名】

◇ あ~お ◇
【アブドゥルラフマーン一世】 : 後ウマイヤ朝の初代君主(アミール)(在位:756~788)。ウマイヤ朝の王族で、ウマイヤ朝滅亡後にイベリアへ奔って王国を建てた。「アブド・アッラフマーン」などとも表記される。
【アブドゥルラフマーン二世】 : 後ウマイヤ朝の第四代君主(在位:822~825)。後ウマイヤ朝を中興した。
【アブドゥルラフマーン三世】 : 後ウマイヤ朝の第九代君主(在位:929~961)。王朝全盛期を現出し、929年に「カリフ」を称した。

◇ か~こ ◇
【カール大帝】 : カロリング朝フランク王国の君主(在位:768~814)。バイエルン、ヒスパニア、ランゴバルド、ザクセン、パンノニアへと遠征を重ね、西ヨーロッパ大陸部の大半を統一。800年に教皇レオ三世より「ローマ皇帝」の帝冠を受けた。「ヨーロッパの父」といわれる。
フランス語で「シャルルマーニュ」、イタリア語で「カルロマーニョ」、ドイツ語で「カール・デア・グロッセ」、ラテン語で「カロルス・マグヌス・インペラートル」。

◇ さ~そ ◇
【サンチュエロ】 : 後ウマイヤ朝末期の侍従。ムハンマド・イブン・アビー・アーミルとナバーラ王女の子。ベルベル人を重用してコルドバ市民の反感を買い、殺害された。
【ジルヤーブ】 : ?~?。本名アブー・アルハサン・アリー・イブン・ナーフィー。8世紀末から9世紀にかけて活躍したアラブの文人・音楽家・歌手。初めアッバース朝の宮廷に伺候していたが、のちにアンダルスへ移住し、後ウマイヤ朝に東方の華麗な宮廷文化をもたらした。
【スブフ】 : ?~?。後ウマイヤ朝後期にハカム二世の寵愛を受けたバスク人の美姫。もとはコルドバの歌姫だったという。ヒシャーム二世の母で、侍従ムハンマド・イブン・アビー・アーミルの後ろ盾となった。

◇ は~ほ ◇
【ハカム一世】 : 後ウマイヤ朝の第三代君主(在位:796~822)。彼の時代にサカーリバ(白人奴隷兵)の利用が本格化した。
【ハカム二世】 : 後ウマイヤ朝の第十代君主、カリフ(在位:961~978)。非常に読書を好んだことで知られる。
【ヒシャーム二世】 : 後ウマイヤ朝の第十一代君主、カリフ(在位:976~1013)。治世前期には侍従ムハンマド・イブン・アビー・アーミルの傀儡であった。のちにアーミルの息子サンチュエロを重用し、臣民の不満を買う。治世後期から後ウマイヤ朝は急速に衰退を始めた。
【ペラーヨ】 : ?~737。通称「髭のペラーヨ」。西ゴート王国の貴族で、西ゴート王国征服後にイベリア半島北部に逃れ、イスラーム勢力に対するレジスタンスを開始した。アストゥリアス王国の祖。

◇ ま~も ◇
【ムハンマド・イブン・アビー・アーミル】 : ?~1002。後ウマイヤ朝後期の侍従(ハージブ)で、事実上の最高権力者。幼君ヒシャーム二世を傀儡化して新都マディーナト・アッザーヒラを建設し、70回にわたって北方キリスト教諸国への遠征を繰り返した。「アル・マンスール」(勝利者)の異称で知られる。

◇ ら~ろ ◇
【ローラン】 : ?~778。フランク王国のブルターニュ辺境伯? カール大帝のヒスパニア(イベリア)遠征に従い、帰途にピレネー山脈のロンスヴォー峠でバスク人の奇襲を受けて戦死した。のちに「ローランの歌」の主人公とされた。ほぼ伝説上の人物。


【地名】

◇ あ~お ◇
【アラゴン王国】 : 1035~1715。中世イベリア半島の東部を支配した王国。ナバーラ王国とカタルーニャ伯領に起源をもつ。全盛期には地中海中部に勢力を扶植。のちにカスティーリャ王国と結合してスペイン(エスパーニャ)の母体となる。
【アンダルス】 : イベリア半島、あるいはイベリア半島のイスラーム支配地域に対するアラビア語の呼称。「アンダルシア」の語源。

◇ か~こ ◇
【カスティーリャ王国】 : 1035~1715。中世イベリア半島の中部を支配した王国。ナバーラ王国とレオン王国に起源をもつ。レコンキスタを強力に推進。のちにアラゴン王国と結合してスペイン(エスパーニャ)の母体となる。
【ガリア】 : フランスの古名。
【後ウマイヤ朝】 : 756~1031。アンダルス(イベリア半島)を支配したウマイヤ家のイスラーム王朝。首都はコルドバ。
【コルドバ】 : イベリア半島南部の都市。後ウマイヤ朝の都となり、王朝全盛期には数十万の人口を擁する。その後もアンダルスを代表する都市として栄えた。アラビア語では「クルトゥバ」。

◇ は~ほ ◇
【フランク王国】 : 481~987。ゲルマン民族の一派、フランク人が創建した王国。最初ライン下流域に成立したが、徐々に勢力を拡大し、カロリング朝時代には現在のドイツ・フランス・イタリア北部を覆った。フランス王国と神聖ローマ帝国の前身でもある。

◇ ま~も ◇
【マディーナト・アッザーヒラ】 : 後ウマイヤ朝後期の侍従ムハンマド・イブン・アビー・アーミルがコルドバ郊外に築いた新都市。意味は「輝きの都」。
【マディーナト・アッザフラー】 : アブドゥルラフマーン三世がコルドバ郊外に築いた壮麗な離宮および都市。「輝きの都」を意味する。


【その他】

◇ さ~そ ◇
【サカーリバ】 : 西方イスラーム世界で広く使われた白人奴隷。主に東欧のスラヴ系諸民族が供給源となった。

◇ た~と ◇
【タイファ】 : 「分立諸王朝」、「群小諸国」といった意味。後ウマイヤ朝の崩壊後、アンダルス各地に成立した地方政権群のこと。

◇ は~ほ ◇
【ハージブ】 : 「侍従」と訳される。カリフに近侍する役職で、宰相以上の権力を持つ。

◇ ま~も ◇
【モサラベ】 : 中世アンダルスで、イスラーム政権の支配下で暮らしていたキリスト教徒のこと。ムスリムに比べて一部の権利に制約があったものの、後ウマイヤ朝の時代にはおおむね信仰を尊重され、ムスリムたちと共生していた。文化的にはアラブ化した。ムラービト朝の時代からは抑圧が強まり、北方のキリスト教諸国へ逃亡する者が増えた。

◇ ら~ろ ◇
【ローランの歌】 : カール大帝のヒスパニア(イベリア)遠征と異教徒との戦い、帰途のロンスヴォー峠におけるブルターニュ辺境伯ローランの死を題材とする英雄叙事詩。中世ヨーロッパで非常に広く愛好された。


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(百聞は一見に如かずということで)


イスラーム世界の歴史第1部 用語集(「東西の暗雲」まで)

固有名詞が増えて来たので用語集を作ります。これは随時追加していきます。(多分)



※アラビア語の固有名詞は馴染みがなくて覚えにくいといわれるけど、これを知っていると若干助けになるかもしれない。
  「AイブンB」・・・・・・「Bの息子A」(例:「アブドゥッラー・イブン・アッズバイル」 = 「ズバイルの息子アブドゥッラー」)
  「アブーA」・・・・・・「Aの父親」(例:「アブー・ターリブ」 = 「ターリブの父親」)
  「アブドA」・・・・・・「Aの奴隷」(例:「アブドゥッラー」 = 「神の奴隷」、 「アブドゥルマリク」 = 「王(=神)の奴隷」)
  「Aアル(アッ、アン)B」・・・・・・「BのA」(例:「サイフ(剣)ッラー(神の)」、 「ハリーファト(代理人)・ラスール(使徒)ッラー(神の)」)


※他に歴史書とかでよく見かけるような気がする単語(うろ覚え)
  「イラーフ」・・・神  「サラーム」・・・平和  「ダウラ」・・・王朝  「マリク」・・・王  「スルタン」・・・支配者
  「アミール」・・・将軍、太守  「マディーナ」・・・都市  「ターリーフ」・・・歴史  「ナフル」・・・川
  「バフル」・・・海  「ジハード」・・・聖戦、努力  「ディーン」・・・信仰  「ルクン」・・・支柱  「アドル」・・・正義
  「アーディル」・・・公正  「サラーフ」・・・誠実、純粋  「ワズィール」・・・宰相  「カーディル」・・・強者

このへんの単語と上の文法の組み合わせで、そこそこ人名や地名の意味が読み解けたりする。
ブワイフ朝の「ルクン・ウッダウラ」とか、アイユーブ朝の「サラーフッディーン」とか、バグダードの正式名称「マディーナト・アッサラーム」とか。



 ◇ あ ◇
・アーイシャ : 預言者ムハンマドの妻の一人で最も寵愛されたといわれる。初代カリフ、アブー・バクルの娘。第4代カリフ アリーに反対して駱駝の戦いを起こした。
・アクスム王国 : 古代末期から中世前期にかけてエチオピアに栄えた王国。キリスト教の一派、エチオピア正教を奉じる。
・アズラク派 : ハワーリジュ派の最過激派。悪を見過ごす者は背教者であるとの倫理観に立ち、事実上自分たち以外のあらゆる勢力を敵視し無差別に虐殺した。第二次内乱でアラビア半島東部からイラン高原南部にかけて拡大するが、ウマイヤ朝によって徹底的に根絶された。
・アッバース : 預言者ムハンマドの叔父。ヒジュラ後もマッカでムハンマドに敵対していたが、やがてイスラームに改宗した。アッバース家の祖。
・アッバース朝 : 750年から1258年まで続いたイスラーム帝国。首都はおおむねバグダード。
・アブー・アルアッバース : アッバース朝初代カリフ。異名はサッファーフ(「恩恵を注ぐ者」、あるいは「血を注ぐ者」)。酷薄な性格で知られる。
・アブー・ジャアファル : →マンスール
・アブー・スフヤーン : マッカのクライシュ族のウマイヤ家の当主。620年代のマッカの実力者で、長らくムハンマドに敵対した。ウマイヤ朝の初代カリフ、ムアーウィヤの父。
・アブー・ターリブ : ムハンマドの叔父で育ての親。アリーの実父。
・アブドゥッラー・イブン・アッズバイル : ズバイルの子。第二次内乱でアラビア半島からイラクにかけて勢力を広げ、ウマイヤ朝に対抗してカリフを称した。
・アブドゥルマリク : ウマイヤ朝第5代カリフ。第二次内乱を平定し、内政を整え、大征服を再開してウマイヤ朝の全盛期を築いた。
・アブドゥルラフマーン1世 : ウマイヤ朝の王族。アッバース革命の際にウマイヤ家への粛清から辛うじて逃れ、言語に絶する苦難の末に母方のベルベル族が暮らすマグリブに亡命。この地で支持を集めてアンダルスを征服し、後ウマイヤ朝を築く。
・アブー・バクル : 初代正統カリフ。ムハンマドの親友。リッダ戦争に勝利して大征服への足掛かりを築いた。
・アブー・ムスリム : アッバース革命の立役者。ホラーサーンの反乱を煽り、ウマイヤ朝打倒を主導する。アッバース朝成立後に粛清された。
・アブラハ : アクスムの将軍。6世紀後半に南アラビアに侵攻し、ヒムヤル王国を滅ぼした。
・アミール・ムウミニーン : カリフの異称。「信徒の指揮官」ないし「信徒の長」を意味する。
・アミーン : アッバース朝第6代カリフ。ハールーン・アッラシードの嫡子。異母兄のマアムーンと争って敗死した。
・アムル・イブン・アルアース : 初期イスラームの名将。知略に長け、当時を代表する政治的天才といわれる。エジプトを征服し、第一次内乱ではムアーウィヤの副官として活躍した。
・アッラー : 「アッラーフ」と表記することもある。アラビア語で「神」を意味する。イスラームの教義における世界創造者・超越的唯一神のこと。
・アラブの大征服 : イスラーム成立から8世紀前半まで続いたアラブ族による爆発的な征服活動。これにより中央アジアからイベリア半島までが政治的に統合された。
・アリー・イブン・アビー・ターリブ : 第4代正統カリフ。ムハンマドの従弟であり、ムハンマドの娘ファーティマの婿でもある。第一次内乱でムアーウィヤに敗れた。シーア派はアリーをイマームとして崇拝する。
・アリー・リダー : シーア派イマーム。アッバース朝第7代カリフのマアムーンに擁立されるも、程なく謎めいた死を遂げた。現代のイランではエマーム・レザーと呼ばれ、崇拝されている。
・アル・カーヒラ : 現代エジプトの首都カイロのこと。エジプト北部、ナイルデルタの扇のかなめの部分に位置する。ファーティマ朝が従来のフスタートに代わるエジプト統治の中心として築き、やがてイスラーム世界の経済的中心となった。
・アンダルス : アラビア語でイベリア半島のこと。ヴァンダル族に由来。
・イスマーイール・サーマーニー : サーマーニー朝第二代国王。初代ナスルの弟。王朝の実質的な創始者で、多くの知識人を庇護した。英主として名高い。
・イスマーイール派 : シーア派で第二の勢力を持つ分派。ジャアファル・アッサーディクの死後に長子イスマーイールがイマーム位を継承したと信じる集団で、七イマーム派ともいう。
・イスラーム暦 : 622年のヒジュラを起点とするイスラーム世界の暦法。地球の公転ではなく月の12公転を1年とするため、いわゆる西暦による年代算定とはズレが生じる。
・イマーム : 原義は「指導者」、「導師」。スンナ派の用法では礼拝の先導者または学識の高い法学者への尊称。シーア派の用法では預言者ムハンマドと正統カリフのアリーの子孫で、クルアーンを正しく解釈する能力と知的・道徳的な無謬性を備え、イスラーム共同体を指導する権能を持つ者。シーア派はアリーの子孫の誰をイマームと見なすかによっていくつもの分派に分かれたが、現在は全ての分派においてイマームは不在とされている。
・イラーク : メソポタミア地方のこと。イラク。
・ウクバ・イブン・ナーフィ : ウマイヤ朝初期のエジプト総督。683年にイスラーム史上はじめて大西洋まで遠征したが、帰途に戦死した。
・ウスマーン・イブン・アッファーン : 第3代正統カリフ。ウマイヤ家出身。クルアーン(コーラン)を編纂した。
・ウバイドゥッラー : ファーティマ朝の建国者。870年代からイスマーイール派の武装蜂起を指導し、のちにイマーム・マフディー(救世主)を称して北アフリカでファーティマ朝を建設した。
・ウフドの戦い : 625年、マディーナ近郊でマッカ軍がイスラーム軍を破った戦い。
・ウマイヤ朝 : ムアーウィヤ1世が築いたイスラーム史上最初の世襲王朝。
・ウマル・イブン・ハッターブ : 第2代正統カリフ。イスラーム国家の基礎を確立した。
・ウマル2世 : ウマイヤ朝の第8代カリフ。敬虔な人物だった。
・ウンマ : アラビア語で「共同体」。イスラームを受容した人々をひとつの共同体と見なして使われることが多い。ウマイヤ朝より前の「イスラーム国家」を便宜上ウンマと呼ぶこともある。

 ◇ か ◇
・「革命の子」 : ホラーサーン軍の異称。
・ガイバ : 「幽闇」、「お隠れ」と訳されるシーア派独自の信仰。最後のイマームは神の意志によって人々の目から隠されたまま生存しており、世界終末に際して再臨するというもの。史上しばしばイマームの再来を自称する者による反乱が発生した。
・カーディー : イスラーム法学者。
・カーディシーヤの戦い : 637年、イスラーム軍がサーサーン朝ペルシアを破り、メソポタミアの征服を確定した戦い。
・カーヒナ : 7世紀末、宗教的権威をもってアルジェリアでアラブ軍に抵抗したベルベル人の女性指導者。「カーヒナ」は「巫女」という意味のアラビア語で、本名は不詳。
・カリフ : 「ハリーファト・ラスールッラー」(神の使徒の代理人)のこと。ウンマの最高指導者だが宗教的権威は持たず、宗教と不可分な立法の権限もない。
・カルバラー : クーファの北西、ユーフラテス川西岸の地名。ここでアリーの子のフサインが680年10月にウマイヤ朝軍に殺害された。
・カルバラーの悲劇 : 680年10月にカルバラーでフサインが殺害された事件。
・カルマト派 : シーア派イスマーイール派の一派に分類される。ファーティマ朝の建国者ウバイドゥッラーのイマーム宣言を認めず、アラビア半島周辺で独自勢力を築いた集団。マッカのカアバ神殿を襲撃するなどアッバース朝の足元を脅かした。
・カール・マルテル : 8世紀前半のフランク王国の分国アウストラシアの事実上の支配者。宮宰(マヨール・ドムス)。アラブ軍の北上を阻止して名声を高める。カール大帝の祖父。
・ギリシアの火 : ビザンツ帝国の兵器。原材料や製法は秘密にされ、現在では詳細不明となっている。原始的な火薬兵器と推測される。
・クタイバ・イブン・ムスリム : ウマイヤ朝中期の名将。マー・ワラー・アンナフルを征服した。
・クテシフォン : メソポタミア中部、古代のバビロンや後世のバグダード付近にあった都市。サーサーン朝ペルシアの首都。
・クーファ : 中部イラクに築かれた軍営都市。初期のシーア派の拠点となった。
・クライシュ族 : マッカの支配部族。預言者ムハンマドの出身部族。ウマイヤ朝やアッバース朝もクライシュ族の末裔が建てた王朝。
・グラーム : 「奴隷軍人」のこと。主に中央ユーラシアの草原地帯に暮らすテュルク系遊牧民の青少年で奴隷として中東へやって来たものが、権力者によって買い取られ、自由身分と軍事訓練を施されて軍隊を構成したもの。マムルークが代表的、あるいはほぼ同義。
・クルアーン : コーランとして知られる。ムハンマドが受けた啓示を集大成したもので、イスラームの基本聖典。
・軍営都市 : アラブの大征服にあたり、アラブ人たちが征服した土地に築いて集住した都市。南イラクのバスラ、中部イラクのクーファ、エジプトのフスタート、チュニジアのカイラワーンなどが有名。
・後ウマイヤ朝 : アッバース朝成立後、イベリアに逃れたウマイヤ朝王族のアブドゥルラフマーンが同地に建てた王朝。のちにカリフを称し、繁栄を極めた。
・高仙芝 : 唐の開元年間に西域で活躍した高句麗系の名将。パミール高原を越えてソグディアナに進出するが、751年にタラス河畔で敗れた。安史の乱の勃発後、潼関で安禄山と対峙中に冤罪で処刑された。
・コプト教徒 : キリスト教単性論の一派、エジプトの宗派。
・コプト語 : エジプトの民衆語。古代エジプト語の直系にあたる。現在は死語。
・コンスタンティノポリス : コンスタンティノープルとして知られる。古代のビュザンティオン、近世のイスタンブル。アジアとヨーロッパ、黒海と地中海の接する地点に築かれた難攻不落の都市で、ビザンツ帝国とオスマン帝国の首都となった。

 ◇ さ ◇
・サアド・イブン・アビ・ワッカース : 初期イスラームの名将。イラクとペルシアの征服者。
・サカーリバ : 白人奴隷。とくにイスラーム時代前期において、東欧スラヴ系の奴隷を指すことが多い。西方イスラーム世界で多用された。
・サーサーン朝ペルシア : ササン朝ペルシアとも。226年から651年までイラン高原とメソポタミアを中心に西アジアを支配した帝国。首都はおおむねクテシフォン。ゾロアスター教を国教とする非常に専制的な国で、後期ローマ帝国/東ローマ帝国/ビザンツ帝国とたびたび戦った。
・サッファーフ : →アブー・アルアッバース
・サッファール朝 : 9世紀後半にイラン高原東部を支配した国家。ターヒル朝を滅ぼすが、ブワイフ朝やガズナ朝に圧迫されて一地方政権にまで縮小した。
・サハーバ : 教友と訳される。ムハンマドに直接教えを受けた最初期のムスリムたち。
・サーマッラー : 836年から半世紀ほどアッバース朝の首都となった町。バグダード北方に位置する。発掘がほとんど行われていないため不明な点が多いが、判明しているだけでもイスラーム世界の都市遺跡のなかで最大級の規模を誇るという。
・サーマーン朝 : 9世紀末にマー・ワラー・アンナフルで成立したイラン系国家。ペルシア文化を復興し、マムルークの輸出で繁栄するが、10世紀末にガズナ朝とカラ・ハン朝に滅ぼされた。
・ザンジュ : スワヒリ地方出身の黒人奴隷。多くは劣悪な環境のもとで肉体労働に使役された。
・ザンジュの乱 : 869年から883年まで南イラークで続いた反乱。本来はシーア派主体の蜂起であったが、多くの逃亡ザンジュが反乱に加わったことからザンジュの乱と呼ばれる。
・シーア派 : シーア・アリー(アリー派)のこと。第4代正統カリフのアリーおよび彼の男系子孫のみがイスラーム世界を正しく指導する権能を持つと信じる宗派。ウマイヤ朝を激しく敵視した。
・十二イマーム派 : シーア派の最多数派。アリーとフサインの血を引く十二人の男系子孫をイマームとして崇拝する。
・ジズヤ : 人頭税。異教徒に課せられた。
・使徒 : アラビア語では「ラスール」。預言者とほぼ同義。召命を受けて神に仕える者。
・天使ジブリール : ユダヤ教・キリスト教の天使ガブリエルをアラビア語でジブリールと呼ぶ。ムハンマドに最初の啓示をもたらしたとされる。
・ジャウハル : エジプト方言でゴーハルともいう。ファーティマ朝中期の名将で、969年にエジプトを征服してアル・カーヒラ(カイロ)を建設した。その後シリアやアラビアにも遠征したが、やがて失脚した。
・ジャーヒリーヤ : イスラームの歴史観でイスラーム誕生以前の時代。原義は「無明・無知」。
・ジャーファル・アッサーディク : シーア派第6代イマーム。シーア派神学・法学を大成した。彼の死後にイマーム位の継承をめぐって十二イマーム派とイスマーイール派が分裂した。
・ジャアファル・イブン・ヤフヤー : アッバース朝第5代カリフ、ハールーン・アッラシードの宰相にして親友。バルマク家出身。803年に突如粛清された。
・シリア : アラビア語ではシャーム。現代のシリア共和国領だけでなく、歴史的には地中海東岸全域を意味した。
・スィッフィーンの戦い : 656年、第4代正統カリフのアリーとウマイヤ朝初代カリフのムアーウィヤとの間で起こった戦い。引き分けに終わった。
・ズィヤード・イブン・サーリフ : アブー・ムスリムのもとでマー・ワラー・アンナフルの統治を委任されていた。タラス河畔で唐軍に勝利するが、まもなく中央政権に通じてアブー・ムスリムの失脚を図ったとして処刑された。
・ズバイル : 初期イスラームの有力者。第一次内乱の発端となった駱駝の戦いでアリーと戦って敗死した。アブドゥッラー・イブン・アッズバイルの父。
・スライマーン : ウマイヤ朝第7代カリフ。名前は旧約聖書のソロモンのアラビア語読み。ビザンツ帝国征服を目指すも失敗。
・スワヒリ地方 : 東アフリカ沿岸地域。早くからアラブ人やペルシア人の交易商人が来航し、現地のバントゥー諸語とアラビア語が混淆した「スワヒリ語」という共通語が広まった。統一王国はなく、キルワやマリンディなど多くの都市国家が海沿いに連なり、内陸地域との間で象牙や奴隷や黄金の交易を行なっていた。ここから黒人奴隷のザンジュが輸出された。
・スンナ : 字義通りには「慣行」。主に預言者ムハンマド生前の言行や生活習慣、法的判断を意味する。スンナ派はイマームの無謬性を認めるシーア派とは異なり、ムハンマド亡きあとに神の意志を正確に理解できる個人はおらず、スンナに基づいて学者たちが合意した規範が宗教法の法源になると見なしている。
・正統カリフ : アラビア語ではラーシドゥーン。イスラーム初期の4人のカリフ、アブー・バクル、ウマル、ウスマーン、アリーのこと。
・ゾロアスター教 : 古代イランの宗教。世界を善神アフラマズダと悪神アングラマインユの抗争の場として捉え、アフラマズダの象徴である火を崇拝する。浄化儀礼が多いが世俗生活を縛る戒律は少なかった。

 ◇ た ◇
・ダイラム地方 : イラン高原北部、カスピ海とエルブルーズ山脈に挟まれた湿潤な森林地帯。精強な歩兵として知られるダイラム人の居住地で、イスラームの浸透は比較的遅かった。
・タキーヤ : 「信仰隠蔽」と訳される。シーア派などに見られる、ある種の方便として信徒が信仰を偽ることを容認する教義。
・ターヒル・イブン・フサイン : アッバース朝第7代カリフのマアムーンに仕えたホラーサーン出身の勇将。のちに自立してターヒル朝を建てた。
・ターヒル朝 : 8世紀にホラーサーンを支配した半独立政権。サッファール朝に滅ぼされた。
・ダマスクス : ダマスカスとも呼ばれる。アラビア語ではディマシュク。ウマイヤ朝の首都。世界最古の都市といわれる。
・ターリク・イブン・ズィヤード : ウマイヤ朝の武将。8世紀初めにイベリア半島に侵攻した。彼の名前が「ジブラルタル」の語源になった。
・単性論 : キリスト教の一派。正教やカトリックの基本教義である三位一体説(イエスと神と精霊は一体)を否定し、イエスは神性を持たない人間(単性)であると主張する。アジアやアフリカに多く、正教のコンスタンティノポリス教会と対立していた。イスラームの教義に近いことから単性論派のキリスト教徒たちはアラブの大征服に協力的だった。
・知恵の館 : アッバース朝第7代カリフのマアムーンがバグダードに設立した翻訳・研究センター。ヘレニズム時代の諸文献をアラビア語に翻訳し、イスラーム文明の発展に多大な影響を与えた。
・ディナール : ウマイヤ朝によって発行され、以後イスラーム世界の基軸通貨となる金貨。古代ローマのデナリウス金貨が語源で、4.5グラムの金で鋳造された。
・ディルハム : ウマイヤ朝によって発行され、以後イスラーム世界の基軸通貨となる銀貨。時代によって上下するが、おおむね15~20ディルハムが1ディナールの価値に相当した。
・ディーワーン : 中央政府の官庁のこと。ムアーウィヤ1世が最初に設置した。
・唐王朝 : 618年から907年まで中国を支配した王朝。8世紀前半には東ユーラシア全域に勢威を及ぼす大帝国であった。アラビア語では「タムガチ」と呼ばれた。都は長安(アラビア語では「クムダン」)。
・ドゥーマト・アルジャンダルの和議 : 第一次内乱におけるムアーウィヤとアリーの和議。この際に行われた裁定により、アリーのカリフとしての正統性が否定された。
・トゥール・ポワティエの戦い : 732年にフランス北部のトゥールとポワティエの中間付近で、フランク王国のカール・マルテルがアラブ軍の北上を阻止した戦い。
・トゥールーン朝 : 9世紀後半に短期間、アッバース朝から事実上独立してエジプトを支配した国家。

 ◇ な ◇
・ナスル・サーマーニー : サーマーン朝の建国者。サーサーン朝ペルシア貴族の末裔を自称した。
・西ゴート王国 : 西ローマ帝国の崩壊後、イベリア半島を支配したゲルマン系の王国。首都はトレド。ウマイヤ朝に征服された。
・ニハーヴァンドの戦い : 642年、イラン高原西南部でイスラーム軍がサーサーン朝ペルシアを破った戦い。のちに「勝利の中の勝利」といわれた。この戦いに敗れたことにより、サーサーン朝は事実上崩壊した。

 ◇ は ◇
・バグダード : アッバース朝の帝都マディーナト・アッサラーム(「平安の都」)の通称。ティグリス川中流右岸に位置する大都市で、前期イスラーム世界の中心となった。
・ハザール : カスピ海北方から黒海北岸にかけて勢力を広げた遊牧民。西突厥の崩壊以降、半農半遊牧国家に発展する。ビザンツ帝国とアッバース朝への対抗上、ユダヤ教を国教とした。
・ハージブ : 侍従。アッバース朝や後ウマイヤ朝においてカリフの近臣・取次役として仕え、強大な権力をふるった。
・ハーシム家 : マッカのクライシュ族を構成する家門のひとつ。ムハンマドの曽祖父にあたるハーシムの子孫たち。ムハンマドやアリーの子孫、ムハンマドの叔父アッバースの末裔のアッバース朝王家もハーシム家。現代のヨルダン王家やモロッコ王家も自称ハーシム家。
・ハッジャージュ・イブン・ユースフ : ウマイヤ朝中期の武将。第二次内乱で活躍し、のちに東方総督に任じられて大征服を推進した。冷酷非情な性格で知られる。
・バスラ : 南イラクに築かれた軍営都市。
・ハディージャ : ムハンマドの最初の妻。ムハンマドより15歳年上で、最初にイスラームを受け入れた。
・ハディース : 預言者ムハンマドや初期の信徒たちの言行を集成したもの。イスラーム法理論ではコーランに継ぐ第二の法源とされる。
・バドルの戦い : 624年、ムハンマドがマッカ軍を破った戦い。イスラーム史上最初の聖戦とされる。
・ハラージュ : 地租。土地税。
・ハーリド・イブン・アルワリード : 初期イスラームの名将。「神の剣」(サイフッラー)の異称を持ち、リッダ戦争やシリア征服で活躍した。
・バリード : 駅逓。駅伝。
・バルマク家 : 中央アジアのバルフ出身の一門。アッバース朝初期に宰相を輩出するも、803年に突如粛清された。
・ハールーン・アッラシード : 在位786~806.アッバース朝第5代カリフで王朝全盛期を現出するが、実際は治世の大半をバルマク家の傀儡として過ごした。
・ハワーリジュ派 : 第4代正統カリフ、アリーがウマイヤ家と講和したことに反対して離脱した勢力。アリー家とウマイヤ家の双方を敵視し、神の裁定の絶対性を強調する。
・ハンダクの戦い : 627年、マッカ軍によるマディーナ包囲戦。イスラーム側が塹壕を掘って抵抗したため、マディーナ軍は撤退した。
・ビザンツ帝国 : ビザンティン帝国とも。実態としては古代ローマ帝国が東西に分裂したうち東ローマ帝国と同じものだが、分裂後さらに千年以上にわたって独自の国家として存続したため、ローマ帝国とは別物としてビザンツ帝国と呼ばれることが多い。首都はコンスタンティノポリス。
・ヒジャーズ : アラビア半島西岸の紅海に面する南北に細長い地域。マッカやマディーナなどのオアシス都市が栄えた。
・ヒジュラ : 「聖遷」と訳される。622年に迫害から逃れるため、ムハンマドとムスリムたちがマッカからマディーナに移住したこと。イスラーム暦の起点。
・ファーティマ朝 : 909年に北アフリカで成立したシーア派国家。のちにエジプトを征服し、西方イスラーム世界の覇権を握った。
・フサイン : 第4代正統カリフ、アリーの子。クーファのアリー支持者の要請に応じて挙兵を図るが、680年10月にカルバラーでウマイヤ朝軍に殺害された。シーア派はイマームとして崇拝する。
・フランク王国 : 西ローマ帝国の崩壊後に現在のフランスからドイツ西部にかけてを支配したゲルマン系の王国。8世紀後半にカール大帝(シャルルマーニュ)が西欧の大陸部ほぼ全域におよぶ大版図を築く。
・ブワイフ朝 : ダイラム人の漁師ブワイフの三人の息子たちがイラン高原で建設したシーア派の連合国家。10世紀後半から11世紀までイラン高原からイラーク平野にかけてを支配し、アッバース朝のカリフを傀儡化した。
・ヘラクレイオス1世 : 在位610~641。ビザンツ帝国の皇帝。ホスロー2世と戦って勝利するが、直後にイスラーム勢力によって広大な領土を奪われた。
・ベルベル人 : 北アフリカの先住民族。勇猛で誇り高い戦いの民として知られる。
・ホスロー2世 : 在位590~628。サーサーン朝末期の皇帝。異名はパルヴィーズ(勝利王)。ビザンツ帝国と戦って一時は帝国史上最大の版図を築くが、息子カワードに暗殺された。
・ホラーサーン : イラン高原東北部。アフガニスタンとマー・ワラー・アンナフルに接する。
・ホラーサーン軍 : ウマイヤ朝時代にイラン高原東部に駐留させられたアラブ族の軍団。ウマイヤ朝の体制に不満を持ち、アッバース革命の主力となった。

 ◇ ま ◇
マアムーン : アッバース朝第7代カリフ。ハールーン・アッラシードの庶子。嫡出の弟アミーンを打倒し、学芸を庇護する一方で苛烈な異端審問も行った。
・マグリブ : マグレブとも。アラビア語でリビア以西の北アフリカのこと。サハラ砂漠と地中海に挟まれた回廊状の農耕地帯。
・マッカ : 一般にメッカとして知られる。ヒジャーズ中部に古くから存在したオアシス都市。イスラーム創生の地で、カアバ神殿がある。
・マディーナ : マッカの北方に位置するオアシス都市ヤスリブのこと。ヒジュラ後、正統カリフ時代末期までイスラーム世界の中心となった。
・マディーナト・アッサラーム →バグダード
・マニ教 : ゾロアスター教から分離して成立した宗教。世界は悪の神によって創造されたもので、人間は善行によって彼方に存在する善なる神の光の世界への帰還を目指すべきとした。キリスト教、ユダヤ教、仏教など諸宗教の影響を受けて広く伝播したが、各地で迫害されて消滅した。「幻の世界宗教」と呼ばれる。
・マフディー : (1)救世主 (2)アッバース朝第3代カリフ。
・マムルーク : グラームとほぼ同義。白人の奴隷軍人。
・マルワーン2世 : ウマイヤ朝の最後のカリフ。アッバース革命軍に敗れ、殺害された。
・マー・ワラー・アンナフル : 原義は「川の間の土地」。パミール高原に発しアラル海に注ぐ二つの川、アム川とシル川に挟まれた中央アジアのオアシス地帯。「トランスオクシアナ」とも呼ばれる。10世紀以降は「西トルキスタン」とほぼ同義。
・マワーリー : 非アラブ族で新たにムスリムとなった者。
・マンスール : 本名アブー・ジャアファル。アッバース朝第2代カリフだが、事実上の建国者といえる。多くの功臣を粛清する一方、内治に尽力して王朝繁栄の基礎を固め、帝都マディーナト・アッサラーム(バグダード)を建設した。
・ムアーウィヤ1世 : ウマイヤ朝の初代カリフ。第一次内乱でアリーと戦い、世襲王朝ウマイヤ朝を開いた。アブー・スフヤーンの子。
・ムイッズ : ファーティマ朝第4代カリフ。エジプト征服を達成した。
・ムイッズ・ウッダウラ : ブワイフ朝の王。ブワイフ三兄弟の末弟で、本名アフマド。945年にバグダードに入城し、カリフを脅迫して「大アミール」の称号を獲得し、イラーク地方を統治した。
・ムウタスィム : アッバース朝第8代カリフ。グラーム軍団を拡充し、サーマッラーに遷都した。なぜかやたらと「8」という数字に縁の深い人生を送った。
・ムウタズィラ派 : 8世紀に流行した思潮で、人間の自由意志を認め、理性主義・合理主義的な傾向を持つ。知識人に信奉者が多かったが一般大衆からは敵視され、まもなく衰微した。
・ムカンナー : 776年から783年までホラーサーンでアッバース朝に反乱した人物。常に黄金の仮面あるいは覆面をつけ、預言者を自称した。
・ムーサー・イブン・ヌサイル : ウマイヤ朝中期の名将。マグリブとアンダルスを征服した。
・ムスリム : イスラームの信徒。
・ムハンマド : 預言者ムハンマド。ムハンマド・イブン・アブドゥッラーフ。イスラームの開祖。イスラームの教義では人類最後の預言者とされる一方、ムハンマドは神性を持たない普通の人間であることが強調される。(偶像崇拝回避のため)
・ムハンマド・イブヌル・カーシム : ウマイヤ朝中期の名将。イラーク総督ハッジャージュの従弟で、弱冠二十歳でインドに侵攻し、インダス地方征服の足掛かりを築いた。
・ムハンマド・ムンタザル : 十二イマーム派が第十二代目のイマームとして崇拝する人物。874年に第11代イマームが没した直後、わずか半日だけ姿を現した。十二イマーム派は今もムンタザルが神によって隠された(ガイバ)状態で生き続けており、世界終末に際して再臨すると信じている。
・ムフタール : 第二次内乱の際に、クーファでシーア派(正確にはカイサーン派)を糾合して自立した人物。イブン・アッズバイルによって滅ぼされた。
・メソポタミア : ティグリス川とユーフラテス川に挟まれた肥沃な農耕地帯。アラビア語では「イラーク」と呼ばれ、現代のイラクにほぼ相当する。

 ◇ や ◇
・ヤアクーブ・イブン・アルライス : サッファール朝の建国者。元は銅細工師兼アイヤールで、873年にターヒル朝を滅ぼしてイラン高原東部を制圧した。
・ヤズデギルド3世 : サーサーン朝ペルシアの最後の皇帝。
・ヤスリブ : マディーナの旧名。
・ヤフヤー・アルバルマキー : アッバース朝第5代カリフ、ハールーン・アッラシードの宰相。ジャアファルの父。帝国の実権を掌握してホラーサーン人の官界進出を後押しするが、803年に突如粛清された。
・ヤマーマ : アラビア半島中央部。リッダの「偽預言者」ムサイリマやアズラク派など、ウンマの中央政権に対抗する勢力の拠点となることが多かった。
・ヤルムーク河畔の戦い : 636年、イスラーム軍がビザンツ軍を破り、シリア征服を確定した戦い。
・有徳者同盟 : マッカのクライシュ族の長老会議。マッカの市政をつかさどった。
・預言者 : アラビア語で「ナビー」。ペルシア語では「ペイガンバル」。神の言葉を聴き、人々に伝える者。

 ◇ ら ◇
・駱駝の戦い : 656年、アーイシャとタルハとズバイルが第4代正統カリフ、アリーの即位に反対して起こした戦い。第一次内乱の発端となった。
・ラーフィー・イブヌル・ライス : 806年に中央アジアでアッバース朝に反乱を起こした人物。のちに帝国内戦が始まるとマアムーンに帰順した。
・リッダ戦争 : リッダの原義は「離反」。ムハンマド死後にウンマから離反した諸部族とイスラーム側との戦い。
・レコンキスタ : スペイン語で「再征服」。8世紀から15世紀まで続いたイベリアにおけるキリスト教勢力とイスラーム勢力の抗争。
・ロドリーゴ : ロデリックとも。西ゴート王国の最後の王。

 ◇ わ ◇
・ワリード1世 : ウマイヤ朝第6代カリフ。アブドゥルマリクの子で、大征服を推進した。



作ってみたら、予想よりはるかに面倒くさかった。








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