世界史情報局

世界の全史を自分なりに見渡してみようと思って始めたブログ。近代以前の世界史の中心だった東アジアと西アジアの視点から、なるべく手を広げながら通史を書いています。根も葉もない出鱈目は書かないけど、面白さ重視で描写の脚色もします。

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独断と偏見によるイスラーム史入門書リスト(地域史編)

独断と偏見によるイスラーム史入門書リスト(通史編)」の後を承けまして、今度は地域に焦点を当てた読みやすい本をいくつか紹介しようと思います。

相変わらず古い本が多いです。最新の研究を紹介する趣旨ではないので古くても良いのです(強弁)


4.地域史編

イスラム・スペイン千一夜

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¥7,474から
(2017/4/17 22:22時点)



8世紀から15世紀までイベリア半島を支配したイスラーム諸王朝の歴史物語。全くの初心者向けに、アンダルスの諸王国の栄光と悲劇の数々が描かれており、時が経つのを忘れて読み耽ってしまいます。
もっとも、これは歴史書というより「物語」です。より正確な史実を知りたい方は、文庫クセジュの『レコンキスタの歴史』、刀水書房の『レコンキスタ―中世スペインの国土回復運動』などをお勧めします。
とくに後者は、現在日本で比較的容易に手に入る中では一番の良書だと思います。
一方で、「物語」としてのアンダルス史に惹かれる方には、集英社文庫に所収のエッセイ『アルハンブラ―光の迷宮、風の回廊』や、岩波文庫に所収の『アルハンブラ物語』もお勧めです。

 【面白さ】★★★★★(この本を読んでイスラーム・スペインの魅力にはまりました)
 【入手しやすさ】★(絶版。大きな図書館で探してください)
 【ボリューム】★★(薄手のハードカバー1冊)
 【学術性】★(エピソード中心、物語性重視)
 【難易度】★(同上)


イスラムとヨーロッパ (東洋文庫―前嶋信次著作選 (673))

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¥2,963から
(2017/4/17 22:40時点)



戦後日本を代表するイスラーム研究者であり、文人でもあった故・前嶋信次の著作集のひとつ。
いま日本で比較的容易に手に入る中では、最も詳細な後ウマイヤ朝の通史概説が所収されています。
なお、同じ著者の作品として、後ウマイヤ朝と盛期アッバース朝の文化と社会風俗を描いた、河出文庫の『生活の世界歴史7 イスラムの蔭に』も強くお勧めします。
イスラーム文明の黄金時代がどのような時代であり、そこで人々がどのように暮らしていたのかが、とてもよく分かります。

 【面白さ】★★★★(史実に立脚しつつ、後ウマイヤ朝の歴史を彩る人々の言動を臨場感あふれる筆致で描いています)
 【入手しやすさ】★★★(比較的最近に東洋文庫から刊行されているので、そこそこの図書館なら見つかると思います)
 【ボリューム】★★★(東洋文庫1冊)
 【学術性】★★★(一見物語風でありながら、同時代の記録や諸外国の研究をしっかりと踏まえています)
 【難易度】★★★(多少古めかしい表現もありますが、本と歴史が好きな人なら楽しんで読めると思います)


アラブが見た十字軍 (ちくま学芸文庫)

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¥988から
(2017/4/17 23:42時点)



癖のある本なので紹介するか迷いましたが……。
文字通り、イスラーム側の史料に沿って「十字軍戦争」の歴史を描いた本です。
あくまでもイスラーム視点なので、西欧側の事情や歴史背景には深く触れられていませんし、それなりのバイアスもかかっています……。
従来、過度に西欧の視点から描かれてきた十字軍戦争の歴史を「中和」する趣旨の本なので、バイアスは織り込み済みです。
十字軍戦争についての予備知識なしにいきなりこの本を読むのは難しいと思いますが、一般的な(西方視点の)十字軍関連書を読んだ後にこの本を読むといろいろ発見があると思います。
また、この時代の近東情勢についてかなり詳しく知ることができます。

 【面白さ】★★(玄人向けの面白さ)
 【入手しやすさ】★★★★(有名な本なので、たいていの図書館と大きな書店にはあると思います)
 【ボリューム】★★★(厚手の文庫1冊)
 【学術性】★★(学術書ではありませんが、同時代の史料からの引用と註釈がたくさんあります)
 【難易度】★★★(時代背景について予備知識がある方向け)


モンゴル帝国の興亡<上> (講談社現代新書)

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¥91から
(2017/4/17 22:57時点)



地域史というより通史編の補完みたいですが…アッバース朝衰退後のイスラーム世界はテュルク族の西遷、そしてモンゴルの嵐に見舞われます。
そんなモンゴル帝国の興亡について、ユーラシア全体を視野に入れながら描いた著書としてこれを挙げます。
ときに情熱的すぎるほど情熱的な筆致ゆえに毀誉褒貶ある著者ですが、とにかくスケールが大きくて「読ませる」文章です。

 【面白さ】★★★★(壮大なスケールで大モンゴルの興亡とアフロ・ユーラシア世界の変容を語ります)
 【入手しやすさ】★★★★(たいていの図書館にあると思います)
 【ボリューム】★★★(講談社現代新書の上下巻2冊)
 【学術性】★★(一般向けなので基本的に註釈や出典はついていません)
 【難易度】★★(一般向けです)


三日月(クレセント)の世紀―「大航海時代」のトルコ、イラン、インド (新潮選書)

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¥1から
(2017/4/17 23:03時点)



モンゴル帝国崩壊後、イスラーム世界を支配したオスマン・サファヴィー・ムガルの三大帝国の歴史を主題としています。
学術書ではなく一般向けの本ですが、類書の少ない白羊朝と黒羊朝などについてもページが割かれており、この時代に興味がある方には入手をお勧めします。

 【面白さ】★★★★(なかなか)
 【入手しやすさ】★★(古い本なので、なかなか見つけづらいかもしれません)
 【ボリューム】★★(新潮選書1冊)
 【学術性】★(扱うテーマはマイナーですが、内容はあくまで一般向けです)
 【難易度】★★(予備知識が少ないと少し辛いかもしれませんが、基本的には読みやすい本です)


オスマンVS.ヨーロッパ (講談社選書メチエ)

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¥289から
(2017/4/17 23:08時点)



前期オスマン帝国の歴史がメインテーマですが、第一章をまるまるテュルク族の西遷とアナトリアへの定住という前史にあてる他、オスマン帝国の先進性や、ヨーロッパ諸国とオスマン帝国との関係にも詳しく言及している良書です。

 【面白さ】★★★★(なかなか)
 【入手しやすさ】★★★★(比較的新しい本なので、大きな書店でも見つかるかもしれません)
 【ボリューム】★★(選書メチエ1冊)
 【学術性】★★(一般向けですが、索引や参考文献はしっかりついています)
 【難易度】★★(すいすいと読めます)


ムガル帝国の興亡 (イスラーム文化叢書)

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¥2,246から
(2017/4/17 23:18時点)



インドを支配した近世イスラーム王朝、ムガル帝国の興亡を描いた作品。
著者のアンドレ・クローはどちらかというとジャーナリスト寄りの人で、この作品も学術書というよりは歴史物語に近いテイストです。
が、ムガル帝国の興亡と、帝国の歴史を彩る様々なエピソードを見事に描き出しており、この国に興味を持った方にお勧めします。
同じ著者には『メフメト二世―トルコの征服王』や『スレイマン大帝とその時代』という、オスマン帝国を扱う著作もあります。
なお、ムガル帝国とその時代についてより詳しく知りたい方には、サティーシュ・チャンドラの『中世インドの歴史』(山川出版社)を紹介します。
イスラーム勢力のインド侵入からムガル帝国の衰亡に至るインド史について、日本で手に入る中では最も詳しく書かれた本だと思います。
また、この帝国の創建者であるバーブルの自伝『バーブル・ナーマ』が邦訳されており、東洋文庫に所収されています。

 【面白さ】★★★★(この国の歴史自体が面白いです)
 【入手しやすさ】★★(古い本なので大きな図書館で探してください)
 【ボリューム】★★(ハードカバー1冊)
 【学術性】★★(基本的に一般向けの本です)
 【難易度】★★★(同上)


ムハンマド―預言者と政治家

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¥2,180から
(2017/4/17 23:29時点)



いやこれ地域史じゃないでしょ……と思いつつ、どさくさ紛れに追加しておきたい一冊。
イスラームの創始者、預言者ムハンマドの伝記です。いわゆる古典的名著。定番。古い本なので最近の学説に沿わない記述も散見されますが、ムハンマドについて詳しく知りたい方向けに推します。

 【面白さ】★★★★(ムハンマドの人生自体がドラマチックで…)
 【入手しやすさ】★★(古い本なので、アマゾンで注文するか図書館で探してください)
 【ボリューム】★★★(ハードカバー1冊ですが、実感としてかなりボリュームがあります)
 【学術性】★★★(古典的名著)
 【難易度】★★★(同上)



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独断と偏見によるイスラーム史入門書リスト(通史編)

とあるところから要望をいただいたので、イスラーム世界の歴史について、まったく初心者の方が手に取りやすい本をあげてみます。
スタンスとしては専門性や厳密性よりも入手しやすさと読みやすさ、面白さを重視しています。

このブログ自体もそういうスタンスなのですが、多少間違いがあっても、まずはその分野に興味が持てれば、あとは読んだ方が自力で知識を修正しつつ深めていけると思いますし、
逆に最初から厳密さを追及し過ぎると、初心者にとってのハードルが高くなりすぎ、かえってその分野から人を遠ざけてしまうと思います。

専門家の方は石を投げないでくださいしんでしまいます(><)


なお、書き手の興味関心知識から前近代が中心、かつ一昔前の本が中心のセレクトになります。たぶん。


1.イスラーム世界の歴史の特徴

引き続き前提として、「イスラーム世界」というのは実は定義が難しい概念です。
現在、イスラームを奉じる人々は世界中に存在し、イスラームが社会のなかで重要な位置を占める地域も、東は華南から北はロシア、西はアフリカまで及びます。
歴史的にもアッバース朝中期からは諸王朝分立の時代になり、中近東に限ってもアラブ・イラン・テュルクの三大民族が併存。中国史のように歴史を語る軸を定めることができなくなります。
なので、この巨大で曖昧なイスラーム世界史の全てを視野に入れた通史はほとんど存在しないと思われます。
よって、これから挙げていくものはおおむね部分的な歴史の寄せ集めになります。


2.凡例

独断と偏見に基づいて「面白さ」「入手しやすさ」「ボリューム」「学術性」「難易度」の五項目で評価します。独断と偏見(重要)です。


3.通史編

世界の歴史〈8〉イスラム世界 (河出文庫)

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(2017/4/2 23:32時点)



古い本ですが、イスラーム前史としてのサーサーン朝ペルシアからオスマン帝国までの歴史がまとまっています。
さまざまなエピソードがちりばめられ、イスラーム世界の歴史を身近に感じられると思います。初心者に一番お勧めできます。

 【面白さ】★★★★★(どんどん先を読みたくなる面白さ)
 【入手しやすさ】★★★(運が良ければ大きな本屋でも……図書館ならたいてい見つかります)
 【ボリューム】★(文庫本1冊)
 【学術性】★(一般向けの概説、エピソード重視)
 【難易度】★(同上)


世界の歴史―ビジュアル版〈6〉イスラム世界の発展

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(2017/4/2 23:40時点)



イラン中世史の泰斗、故・本田實信による希少な一般向け概説書。
イスラーム成立からモンゴル帝国頃までを豊富な写真や図版とともに解説しています。
刊行されたのが1985年なので最近の研究は反映されていないものの、内容に信頼感があります。

 【面白さ】★★★★(一般向け概説書として十分惹きつけるものがあります)
 【入手しやすさ】★★★(図書館ならたいてい見つかります)
 【ボリューム】★★(ハードカバー1冊)
 【学術性】★★(一般向けの概説)
 【難易度】★(同上)


都市の文明イスラーム (講談社現代新書―新書イスラームの世界史)

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(2017/4/2 23:46時点)



『都市の文明イスラーム』、『パクス・イスラミカの世紀』、『イスラーム復興はなるか』の三部からなるイスラーム史。
政治史のみならず、社会史や文化史などさまざまな分野の第一線の研究者たちが、それぞれの専門分野について解説しています。
ある程度イスラーム世界史の流れを押さえたうえで、イスラーム史の多様な分野について知見を得るのに向いています。

 【面白さ】★★★(まあまあ)
 【入手しやすさ】★★★(図書館ならたいてい見つかります)
 【ボリューム】★★★(新書3冊分)
 【学術性】★★(一般向けながら、第一線の研究者たちが当時最新の研究を踏まえて執筆しています)
 【難易度】★★(一貫した通史ではないので、ある程度イスラーム史の流れを把握している人向けです)


物語 中東の歴史―オリエント5000年の光芒 (中公新書)

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(2017/4/2 23:53時点)




ジャーナリスト出身の歴史家、故・牟田口義郎による一般向けの中東史。書名の通り古代エジプトからスエズ運河までをとりあげています。
さまざまなエピソードがちりばめられ、まるで小説のように面白く、とくに初期イスラームの大征服や十字軍、モンゴルとマムルークの戦いなどに詳しく触れられています。
同じ著者の『世界の都市の物語 カイロ』も隠れた名著だと思います。

 【面白さ】★★★★★(面白いです)
 【入手しやすさ】★★★(図書館ならたぶん見つかります)
 【ボリューム】★(新書1冊)
 【学術性】★(とことん一般向けです。物語という題名のとおり、半分小説と思った方が良いかも)
 【難易度】★(わりとサクサク読めます。ただ飛び飛びの部分もあるので途切れのない通史を知るのには不向きかも)


イスラムの国家と社会 (1977年) (世界歴史叢書)

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¥1から
(2017/4/3 00:00時点)



碩学、故・嶋田襄平による前期イスラームの政治・社会史。ウマイヤ朝やアッバース朝の統治や財政の諸制度などについて詳しく書かれています。
これまた古い本なので近年の学説は反映されていませんが、アッバース朝中期までの国家と社会について詳しく知ることができます。

 【面白さ】★★(つまらなくはないですが、普通に専門書です)
 【入手しやすさ】★★(大学図書館とかならあるかと)
 【ボリューム】★★★(けっこう読み応えがあります)
 【学術性】★★★★(専門書です)
 【難易度】★★★★(専門書です)


興亡の世界史 イスラーム帝国のジハード (講談社学術文庫)

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(2017/4/3 00:05時点)



古い本ばっかりだな……と思ったので、最近の本も上げます。
講談社『興亡の世界史』シリーズの一環として刊行された一般向けのイスラーム通史。イスラーム誕生から現代までの要点を押さえており、イスラーム史入門に程よい感じです。
ただ、これも例によってアッバース朝滅亡から近代まで一気にワープします。やはりユーラシア各地の歴史を叙述するうえで、モンゴルの到来がひとつの壁になる模様。

 【面白さ】★★★★(一般向けに書かれています)
 【入手しやすさ】★★★★★(本屋でも普通に手に入る可能性あり)
 【ボリューム】★★(ハードカバー1冊)
 【学術性】★★(一般向けの概説)
 【難易度】★(専門書です)


世界の歴史〈20〉近代イスラームの挑戦 (中公文庫)

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(2017/4/3 00:12時点)



最後に少しは近代史も。
中央公論社の新版世界の歴史の一冊。アマゾンレビューにあるように同時代日本人の見聞がちょっと多すぎなぐらいに引用されていたり、取り上げる地域に偏りがあったりはするものの、19世紀イスラーム世界の概要を知るには程よいかと。

 【面白さ】★★★(一般向け、わりと読みやすいです)
 【入手しやすさ】★★★★★(そんなに大きくない本屋でも普通に手に入ります)
 【ボリューム】★★(厚めの文庫1冊)
 【学術性】★★(一般向けの概説)
 【難易度】★(一般向けの概説)


うーん、やはりセレクトに偏りがあるな……。挙げてみた感想として、とりあえずイスラーム誕生から現代までを大づかみしたければ『イスラーム世界のジハード』から入るのが良いかも。
近いうちに地域史編や思想史編なども書いてみようと思います。オスマンやムガルなどについては地域史で。

『周――理想化された古代王朝』

佐藤信弥さんの『周――理想化された古代王朝』(中公新書)を読みました。

周王朝は儒教において理想の時代と見なされたため、中国の歴史を通じて政治改革を唱える人々は常に周の礼制復興を大義名分としました。
しかし史実の周王朝には不明点が多く、近現代の歴史学ではしばしば等閑視、ないしは敬遠されがちでした。
あの碩学、宮崎市定にいたっては、そもそも西周王朝など実在しないと論じたほどです。
ところが近年、周代の金文や甲骨文、出土文献が続々と発見されており、経書に基づく周王朝の歴史とは異なる実像が明らかになりつつあります。

本書はそうした同時代史料を踏まえて、三監の乱の実像や諸侯封建の儀式、前期西周王朝の積極的な外征や後期西周王朝の執政団による集団指導体制、末期西周を襲うさまざまな外患などについて多くの新知見を提示しています。
さらに春秋戦国時代に入って歴史の表舞台からフェードアウトしていく東周王朝についても、極度にスケールが矮小化した内乱や、最終的な滅亡にいたるまでが丁寧に記述してあります。

歴史のミッシリングリンクが次々に埋められていく快感。この本は今後、中国古代史を学ぶ上で必読になると思います。
「中華世界の歴史」の周王朝関連の記述も、本書に基づいていずれ差し替えていきます。

周―理想化された古代王朝 (中公新書)

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アミン・マアルーフ『光の庭―小説マニの生涯』

「イスラーム世界の歴史」の続きがちょっと行き詰っているので(「中華世界の歴史」の続きは十字軍シリーズが終わってから)、また番外編の記事を。
今回の記事で紹介したいのは、『アラブが見た十字軍』や『サマルカンド年代記』の著者として知られるレバノン出身の作家、アミン・マアルーフの『光の庭―小説マニの生涯』です。

光の庭―小説マニの生涯

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¥2,700から
(2015/3/8 21:27時点)




ローマ帝国が衰退し、イスラームが未だ出現せぬ時代。
諸宗教がごった煮のように混ざり合っていた3世紀中東で生まれた「第四の世界宗教」マニ教の開祖、「預言者マニ」(マーニー・ハイイェー)の生涯を主題とする小説です。


マニの生きた世界はアルサケス朝パルティア末期からサーサーン朝ペルシア初期にかけての西南アジアです。
極めて史料に乏しい時代で、マニ自身についても史実として確証できることはごくわずかです。
この小説はそのわずかな記録や伝承を最大限に駆使し、それでも足りない隙間は小説家の想像力で巧みに埋め合わせ、マニという稀有の宗教家の全生涯を描き出しています。

Parther_reich.jpg
(アルサケス朝パルティア。ただしササン朝のような強力な中央集権帝国ではない)


物語はマニの父、パッディクがパルティア王国の帝都クテシフォンで、古代メソポタミア以来崇敬されてきた叡智の神ナブの祭儀に立ち会う場面から始まります。
荘重に運ばれるナブの神像が突然地面に転げ落ちる。呆然とするパッディクの前に謎めいた男、シッタイが現われる。
偶像崇拝を否定し、白い装束をまとって禁欲生活を送る奇妙な教団の指導者シッタイ。
真理の把持者を自認するシッタイに惹かれるまま、パッディクは愛する妻を捨てて白装束の「兄弟たち」に身を投じます。
残された妻のマルヤムが産み落としたのが物語の主人公であるマニ。

マニは幼くしてシッタイの教団に連れ込まれ、その教団のなかで育つことになります。
やがてあるとき、少年マニは水に映った自分の顔のなかに、「もうひとりの自分」を見出します。
心理学的に考えれば幼年期からの種々の抑圧によって解離症状を云々ってことになるんでしょうが、とにかくマニは「双子」にして「光の庭の王の使者」である「もうひとりの自分」の声に励まされ、やがてシッタイの教団を去り、クテシフォンへ、そしてさらなる遠い異国へ旅立つことになります。


マニの唱えた宗教はどのようなものなのか。

彼によれば始原の時代より「光の神」と「闇の神」が永遠の闘争を続けており(ゾロアスター教的世界観)、物質的世界は邪悪な「闇の神」によって創造されたもの(グノーシス主義に似ている)。
肉体としての人間も不浄な闇の要素を色濃くまとった忌むべき存在であるといいます(キリスト教の原罪論っぽい)。
しかし人間の内なる精神は「光の神」に属するものであり、人間は魂のなかの「光の種子」を認識し、肉体の牢獄を逃れて彼方に存在する「光の神」の世界へ脱出すべきであるといいます(新プラトン主義っぽい)。
そして、そのためには物質的世界への欲望を断ち、世界の真実を認識し、慈悲と生命の尊重を心掛けなければならないとのこと(ここは仏教的)。

マニ教 (文庫クセジュ)

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(より詳しくはこのへんを)


しかし、この小説ではこうした「マニ教」と呼ばれる宗教の詳細よりも、マニが既存の様々な教えの相互尊重と寛容を説いていたことが強調されます。

インドのデブ(ディウ?)の町でサーサーン朝の王子ホルミズドの知遇を得たマニは、クテシフォンに戻ってサーサーン朝第二代のシャープール1世に仕えることになりますが、そのとき彼が語った言葉が象徴的です。

「私はバベルの国の医者です」


マニはバビロニア出身であり、「バベルの国」というのは単なる地名として、彼自身が書き残した書簡に見られる表現のようです。
そして彼に医術の心得があったことも伝えられています。

とはいえ同時に「バベル」といえば旧約聖書に出てくる「バベルの塔」を想起せずにはいられません。
世の始まりに神ヤハウェは天に挑まんとする人間の高慢を怒り、彼らの言葉を幾千にも分かち乱したもうた。
かくて人々は互いに意志を疎通するすべを失い、あまねく地の面に離散していった……。

その分裂、混沌、不和の癒し手として彼は現れます。

「新たな時代が始まりました。新たな時代には、新たな信仰が必要です。すなわち、ひとつの民、ひとつの民族、ひとつの教えだけの信仰、というわけではない信仰が」



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(ヴァフラーム1世に審問されるマニ)


仄聞するところでは、サーサーン朝ペルシアの君主(諸王の王、シャーハンシャー)は絶対的な権威と権力を握り、その宮廷は非常に壮麗なものであったそうです。
この小説のなかでも、シャープール1世の驚くべき威容が描写されています。

……君主に声をかけるために、人は名前も称号も使うことはできなかった。
「閣下、神的なお方よ」「不死なる神々よ」、あるいは少なくとも「汝が神格よ」などと、決まった言い方が定められており、それから逸脱することは許されていなかった。

……不動の偶像、目をくらますほどの多量の金を身にまとった者として、君主はそこにいた。服にもクッションにもすだれにも、金は縫い込まれており、玉座にはふんだんに金が仕込まれていた。
首飾りも金細工、指輪も金、服の留め金も金、ひげにすら金がまぶされており、まばゆい塵は唇やまつ毛やまゆげの上でもきらめいていた。
君主の頭上には、かの伝説的な王冠が見えた。これは人間一人よりも重く、いかなる頭といえども――皇帝の頭であっても――それを支えることができない代物だった。



そして青木健先生の『ゾロアスター教』(講談社選書メチエ)によれば、サーサーン朝ペルシアという国家自体はゾロアスター教の絶対的な権威のもと、支配者たるアーリア人を至高の支配階級とする祭政一致の国家であったそうです。
そもそも王朝の祖であるサーサーン、バーバク、アルダシールら自身が、イスタフルのゾロアスター教大神官であったそうなので。
帝国の国土は「エーラーン・シャフル」と称され、善なる神アフラマズダを象徴する聖火の結界に守られた清浄の地として観念されていました。

いわば、「アーリア人による神聖イラン帝国」。
この物語の主人公であるマニは、そんな帝国の中心で信仰の多様性を主張したわけです。

ゾロアスター教 (講談社選書メチエ)

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(2015/3/9 22:04時点)

(今のところ、日本でいちばん入手しやすいゾロアスター教入門書)


宮廷を牛耳る大神官「キルディール」――サーサーン朝の宗教政策を決定づけたこの時代の傑物――が即座にマニを異端のナザレ派(キリスト教徒)であると弾劾しますが、シャープール1世はマニの言葉に耳を傾けます。

急速に拡大し、諸民族を呑み込んでいくペルシア帝国の支配者として、シャープールは多様な宗教の相互尊重と普遍的真理への信仰を説くマニの教えを有益であると判断したのです。

「我が主君の帝国は、西ではアラム、アディアベネ、オスロエネ、つまりナザレ派が多くいる地に広がりました。東ではバクトリアナ、インド、トゥラン、つまりブッダが崇敬されている地に広がりました。
遠くない将来には、王朝の支配は、アフラ・マズダを拝む習慣のない国々へと広がり、ありとあらゆる信仰を告白する無数の臣民を抱えることになるでしょう」

「私マニは、すべての民に対して新しいメッセージを届けるべくやってきました。
……皆さんはイエスの言葉をお聞きなさい。彼は賢者であり清い方です。
が、ゾロアスターの教えもお聞きなさい。まだ世界全体が無知と迷信の中にあった時に、他の誰にも先立って彼の中に輝いた光を、発見なさることです」

「私はあらゆる宗教を唱えており、また、いかなる宗教も唱えていません。人々は、人が一つの民族、一つの部族に属しているように、一つの信仰に帰属しなければならない、と教えられてきました。
が、私はそのような人々に言います。あなたがたは騙されてきたのだ、と。どの信仰、どの考えの中にも、光り輝く実質を見つけ出し、残りの屑は、これを退けることです。
私の道に従う人は、アフラ・マズダにもミトラにも、キリストにもブッダにも祈願することができます。私が建てるであろう神殿に於いては、各々は自分の祈りを持ってやって来るでしょう」



絶対君主であるシャープール1世は、その実、影のように周囲を取り巻くゾロアスター教の神官たちを怖れていました。
神官たちは王の勅令を判定し、王の世継ぎを承認する権威を持ち、「諸王の王」といえども彼らの意向を無視することはできないのです。
マニを利用しようとしたシャープールは、次第にマニに友情と敬意を感じはじめます。
しかし帝国の支配者であるシャープールと生命の尊重を説くマニとの関係は常に緊張を孕み、やがて決裂の時が来ます。

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(西暦260年、シャープール1世はローマ皇帝ヴァレリアヌスを捕囚とする。それはマニとの別れの時でもあった)


物語のその後、シャープール1世の死とマニの悲劇的な最期、彼の説いた教えがユーラシア世界にあまねく広がり、歪み、弾圧され、融解し、歴史の闇に消えていく次第については省きましょう。

とにかく読み応えのある小説です。
「パルティア末期からサーサーン朝初期の西アジア」という、他にまず例のなさそうな時代背景は興味深く、サーサーン朝の宮廷やローマ帝国との戦争、悲劇の王ホルミズドの暗殺など、見所がたくさんあります。
マニの実父で最初の弟子となるパッディク、マニの庇護者にしてある意味で敵でもあるシャープール1世、悪役のキルディールや王子ヴァフラームといった人々もとても魅力的です。

最後に、この小説のなかでいちばん印象に残った対話のひとつがこれです。

「過ぎし時、現在、そして将来のあらゆる賢者に幸いあれ。イエスに、釈迦牟尼に、ゾロアスターに幸いあれ。唯一の光が彼らの言葉を照らし、その同じ光が今日デブに注いでいます。
皆さんの中で私の教えに従う人は、自分がいつも祈りの場としてきた神殿を捨ててはならず、また、父祖たちの霊を敬う場としてきた祭壇を捨ててはなりません」

「メシアやブッダと同じことをあなたが言うのなら、なぜあなたは新しい宗教を建てようとするのか?」

「西に立った者、彼の希望は、東ではほとんど花開きませんでした。東に立った者、彼の声は、西には届きませんでした。それぞれの真理が、それを受け取った者の装いと訛りとを身に帯びることは必要でしょうか」


ああ、だからこの時代のこの地域で「マニ教」という稀有の混淆宗教が誕生したんだなと、なんとなく腑に落ちるものがありました。
やがて「イスラーム」というもうひとつの普遍宗教がマニの知っていた「東」と「西」を繋ぎ、サーサーン朝をも超える巨大な統一帝国を現出させます。
マニの到来はその予兆でしたが、彼の教え(として本書で描かれるもの)自体は今なお人々のあいだで受け入れられてはいないようです。

「人々は、私を断罪するために一つになるでしょう……しかし、彼らが儀式や神話や呪詛に飽きるようになった時に、彼らは思いだすでしょう。
かつて、偉大なるシャープールが支配した時に、一人のつましい死すべき者が、世界中に叫び声を響かせていた、と」



ヴァスコ・ダ・ガマの「聖戦」、ただし読みかけ

中華世界の歴史かイスラーム世界の歴史を先に進めて、さっさと孔子とガズナのマフムードを登場させないといけないのだが、最近いまいちアウトプットに気が乗らない。

というわけで、歴史も歴史以外も合わせて、さしあたりブログ本流にあまり関係のない分野の本をいくつか並行して読んでいる。

そのなかで、たったいま目の前にあるのがこれ↓

ヴァスコ・ダ・ガマの「聖戦」: 宗教対立の潮目を変えた大航海

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いわゆる「大航海時代」のなかでも、世間によく知られているのはスペインが担った西方進出、アメリカ大陸の征服史だと思う。
ポルトガルのアジア進出については、辛うじてインド航路を「発見」したヴァスコ・ダ・ガマの名前が教科書に載ってる程度で、直後にインド洋世界に嵐を巻き起こしたアフォンソ・デ・アルブケルケの名前は用語集にすら載っていない。(と断定したが、面倒なので裏は取っていない)

Afonso_de_Albuquerque_2.jpg
(アルブケルケ。英語だと「アルバカーキ」だが、ニューメキシコ州の都市の由来は同名別人らしい)



そもそもヴァスコ・ダ・ガマという人物からして、何者なのかいまいちイメージがわかない。(少なくとも自分は)
コロンブスであれば、一般的イメージでは偉人、歴史マニア的イメージでは妄想狂の大山師()とか、ちゃんと印象が定まっている感じなのだが。

しかし同時代のインパクトからすれば、ガマのほうがコロンブスより上だと思うのだ。
コロンブスは死ぬまで自分が到達した土地が新大陸だということを認識していなかった。
何十年かすると南アメリカからわんさか金銀が輸出されて世界経済が大変なことになるのだが、とりあえずリアルタイムで考えますと。
そもそもイベリア二国が海に乗り出した主目的はアジア直通航路の開拓であって、それに成功したのはガマであってコロンブスではない。
「西欧の世界制覇」という観点から考えても、ユーラシアこそが真の征服対象であって、両アメリカはそのための手段という感じが。

そんなわけで最近本屋で見かけたこの本が気になり、このほど入手した次第である。


読んでみると、この本はガマの伝記というよりもポルトガルの海洋進出史全体を扱っているらしい。
「らしい」というのは、実はまだ4分の1ぐらいしか読んでいないからである。
完読もしないうちに記事にするとは適当な話ではあるが、たまには更新をしないとブログが干からびてしまう。

Pacific_saury_dried_overnight.jpg
(サンマの干物は値がつくが、ブログの干物は値がつかない)


で、今のところヴァスコ・ダ・ガマ本人はプロローグにチラッと出てきてからとんとご無沙汰なのだが、ポルトガルの海洋進出史というのはこれが実になかなか波乱万丈で面白い。


まず、前史としてポルトガル建国の頃の話。

1357年に王位についたペドロ1世は「正義王」とも「残酷王」とも呼ばれる人物だった。
ただしほとんど同時代に活躍し、まったく同じ本名と全く同じあだ名を持ち、青池某先生の漫画の主人公になったカスティーリャ国王とは別人である。

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(青池某先生の漫画)


イベリア半島にはどうも同名別人が多いのでややっこしい。カタルーニャ伯家なんて「ラモン・ベランゲール」と「ベランゲール・ラモン」をひたすら反復している始末である。
(時々「ラモン」単体と「ベランゲール」単体が混じる)


さて、ポルトガル版ペドロ1世は王位に就く前、カスティーリャから迎えた妻の侍女であった「イネス・デ・カストロ」と熱烈な恋に落ちた。

なお、「カストロ」というとキューバの某老人を連想してしまうが、これはただの名字なので問題ない。
キューバの某老人の個人名は「フィデル」。これは男性名。本件の美女の個人名は「イネス」。これは女性名。

200px-Fidel_Castro5_cropped.jpg
(イネス・デ・カストロとの血縁関係はない。たぶん)

王子は政略結婚のために迎えた妻にまったく興味を示さず、どうでもいい侍女に熱をあげている。
父王は困惑し、ついで激怒し、最終的に家臣に命じて元凶のイネスを殺させた。まあ、この程度なら世界史上べつに珍しくもない展開である。

が、そこからが振るっている。

やがて王位についたペドロは、最愛の恋人を殺した貴族たちを呼び出し、「生きながら前と後ろから心臓を掴みださせて引き裂き、スパイスをぶっ掛けてそれを貪り食った」という。

さらに「埋葬されたイネスの遺骸を掘り出し、王妃の衣を着せて玉座にもたれかからせ、貴族たち全員に彼女の手に接吻することを命じた」という。

これは「悲恋」なのだろうか。
個人的にはむしろ「狂恋」じゃないかと思うのだが、どうもポルトガル王家には尋常ならざる情熱的な血が流れていたんだろう。


さて、いよいよ「大航海時代」がはじまる。

ペドロ1世の子のジョアン1世には三人の王子がいた。ドゥアルテ、ペドロ(またか!)、そしてエンリケである。
王子たちが成人に達したとき、父王は騎士叙任のために華やかなパーティーを開く計画を立てた。
ヨーロッパ中から貴顕を招き、一年中馬上槍試合と一騎打ちとダンスとゲームをして過ごそうというのだ。親馬鹿というやつだろう。
しかし、情熱あふれるポルトガル王家の子供たちは納得しなかった。

「父上! 私たちは騎士になるのだから戦いとうございます!」

もっともではある。
だが、ここに大きな問題がある。目下ポルトガルには戦うべき敵がいないのだ。

そもそもポルトガル王国は、レコンキスタの過程でわりと早いうちから対イスラーム前線を失った。
つまり東の国境を全部カスティーリャ王国に蓋をされ、異教徒と戦う必要が無くなったのだ。カスティーリャ王国との小競り合いもままあるにせよ、総じて暇である。

「陸に敵がいないなら海から行きましょ! 行きましょ!」

王子たちは父王を説き伏せて大借金をさせ、艦隊を作ってジブラルタル対岸のセウタを襲撃した。
その頃のポルトガル人はまったく海に不慣れであったので、新造の艦隊はセウタの目の前で何時間も行ったり来たりした。騎士たちはみな船酔いした。

ようやく上陸に成功すると、王子たちは俄然若さに任せた力攻めでセウタを奪い取った。
奪い取ったは良いものの、セウタを抑えていたイスラーム商人たちはすぐに近隣のタンジールに移住したので、この勝利はポルトガル王国の国庫にまったく益することなく、ただ莫大な借金だけを残して終わった。

まあ、偉業というのはたいていこうした馬鹿らしい事件が発端になるものだ。
あとから見れば、このセウタ攻略がポルトガルの海上進出の発端であるらしい。


Perejil-neutral.png
(セウタ。こんな地形じゃ、陸から攻めるのも海から攻めるのもさぞ難しかろう)


次にはジョアン2世に散々こき使われたあげく、エチオピア皇帝の顧問官になって生涯を終えた男について書こうと思ったのだが、なんだか長くなりそうなのでひとまずここで。


個人的に、こういう歴史の大きな流れの陰に隠れた挿話をたくさん知ることができる本は大好物である。

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