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世界史情報局

世界の全史を自分なりに見渡してみようと思って始めたブログ。近代以前の世界史の中心だった東アジアと西アジアの視点から、なるべく手を広げながら通史を書いています。根も葉もない出鱈目は書かないけど、面白さ重視で描写の脚色もします。

ギルガメシュ叙事詩の断簡発見

ギルガメシュ叙事詩の『失われたかけら』が発見! 怪物フンババの真実がひとつ明らかになったぞ


現存世界最古の物語とされる、「ギルガメシュ叙事詩」の断片が新しく発見されたそうです。

この叙事詩はシュメールのウルクの王で半身半人、じゃなかった半神半人、でもなくて「身体の三分の二が神で三分の一が人間」の英雄ギルガメシュが主人公。
ウルクで並ぶもののない武勇を誇りながらも孤独だった暴君ギルガメシュは、自分と同じくらい強力な森の野人エンキドゥと出会って親友となる。
ところが二人が森の怪物フンババの討伐に出かけたあと、女神の呪いを受けたエンキドゥは死んでしまい、ギルガメシュは生まれて初めて「死」というものを知る。
死への恐怖に憑かれたギルガメシュは不死の秘密を求めて世界の果てへの旅に出るが……という大河ロマン(?)。


もっと詳しくは、とりあえずこれを↓
ギルガメシュ叙事詩(Wikipedia)


生と死、宿命と努力、異郷と故郷、神と人間、自然と文明、世界最古でありながら人間と世界のさまざまな問題に通じる深い物語性を秘めた叙事詩だと思います。


それにしても、ギルガメシュ叙事詩もそうだし、インドのマハーバーラタもそうですが、我々から見て始原に近い時代の人々が、自分たち自身を終末の後に生まれた世代と見なしていたのは面白いところです。
そういえばメソポタミアの人間たちは、自分たちを在位数百万年を保った神王たちの末裔と信じていたらしいので、主観的には現代人よりはるかに長大な過去を背負って生きていたんですね。

だからといって古代核戦争だのムーだのアトランティスだのの存在は信じていませんが。



今回の発見で、序盤に登場するエンキドゥとフンババが旧友同士だったことが判明し、さらにドラマチックな展開に。
自然の混沌の象徴というべき野人エンキドゥが都市に出て文明に染まると、今度は自然に対する最も苛烈な敵対者になる・・・・・・と読み取ると、実に業が深い。

誰かこの叙事詩を小説化してほしい。

Statue_of_Gilgamesh,_U.Sydney
(ギルガメシュ)

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ISIL(いわゆるイスラム国)がニネヴェの城壁を爆破

イスラム国、貴重な歴史的遺産・ニネヴェ城壁を爆破
イスラム国は、イラク北部に位置する貴重な歴史的遺産・ニネヴェ遺跡を破壊をおこなった。彼らは1月上旬から同遺跡の破壊を計画していたが、現地時間27日夜に実行されたと伝えられている。


Wikipedia「ニネヴェ(メソポタミア)」
ニネヴェは、古代メソポタミア北部にあったアッシリアの都市。アッシリア帝国の後期には首都が置かれた。なお、ニネヴェと言う名は旧約聖書(ヨナ書など)の表記によるものであり、アッカド語ではニヌアと呼ばれる。新改訳聖書では、ニネベと表記される。



ふざくんな



いや、本件まだ詳細が不明でガセネタの可能性もなきにしも非ずなのですが(英語の信頼できる情報があまり見当たらず)、事実であっても不思議はない一方、事実であったら酷い事件です。
ただ、ネット上では「ふざくんな」という意見は多いながら、当のニネヴェ遺跡がどのような存在であったかについて、あまりまともに説明されていないようなので、そのへんも書いていきます。

ちなみに自分、古代オリエントは専門外です。
(わかりやすい予防線)
(なお、イスラーム史も古代中国史も専門外)



ニネヴェはアッシリア帝国最後の都でした。

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(アッシリア帝国)


アッシリア帝国は二つのことで、世界の歴史に不滅の名を残しています。

第一は、世界の歴史上で最初の「帝国」として。
そして第二は、残虐極まりない恐怖の国として。


歴史の黎明において、国家とはすなわち都市国家でした。城壁に囲まれた都市の内部だけが「国」であるという状況が長く続きました。
それが変わるのは紀元前3200年頃のエジプト、そして紀元前2500年頃のメソポタミア。
都市と都市との間にネットワークが生まれ、有力都市国家は連合し、都市と都市とのあいだに横たわる荒野に勢威を広げ、いつしか「点」から「線」へ、そして「線」から「面」へと支配を拡大していったのです。
「領域国家」の誕生です。

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(新アッシリア帝国末期のニネヴェ、想像図)


エジプトにおいては第一王朝創建者のナルメル王、そしてメソポタミアにおいてはウルクの僭主ルーガル・ザゲシがこれを達成しました。

その後、千年以上にわたって領域国家は増殖し、拡大と縮小を繰り返します。
しかしそれはあくまでも、コンパクトな領域を緩やかに統治する政体にしか成り得ませんでした。

エジプト歴代王朝の直接支配はほぼナイル渓谷に限定されていました。
新王国時代、トトメス三世やラムセス二世はアジアへ遠征を繰り返しますが、彼らは地中海東岸に古くから存在していた小国群にエジプト王の半ば名目的な宗主権を強要しただけであり、直接統治は確立していません。

メソポタミアではアッカドのサルゴンやナラムシン、バビロニアのハンムラビが「上の海(地中海)から下の海(ペルシア湾)まで」といわれる領域を統一して「四方世界の王」と号しました。
しかし彼らもまた遠隔の異民族たちを個別に掌握することなどできず、諸国の王たちに名目的な従属を強いたに過ぎません。

最大の理由は機動力の欠如でしょう。
古代オリエントには、いや、黄河流域にもインダス流域にも当時は「馬」がほとんど存在せず、いたとしても馬を車の牽引や騎乗に用いるという発想はありませんでした。
そもそも古典古代以降の戦馬は品種改良の積み重ねによって体格の向上した「人工的な動物」です。
先古典期ユーラシアの馬は、どだい騎乗に耐え得る生き物ではなかったのです。

が、紀元前1000年前後。
南ロシア草原で騎馬遊牧民の先祖たちが馬の品種改良と戦車技術の洗練を進めたことにより、人類の支配者たちはかつてない「速度」を手中にしました。
オリエント世界においてそれを最大限に活用したのがアッシリア帝国、わけても紀元前883年に即位したアッシュールナシルパル二世と、紀元前745年に即位したティグラトピレセル三世のふたりです。

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(ティグラトピレセル三世、戦争と虐殺)


彼らは強固な中央集権的国家体制を構築し、画期的な新兵器や新戦術を次々に導入しました。
とりわけ威力を発揮したのは、これら強大な王たちが振りまいた圧倒的な「恐怖」です。

アッシリア後期の王たちは凄まじいばかりの恐怖戦略を採用したと伝えられます。
皮剥ぎ、串刺し、大量処刑、強制移住、のちにモンゴル帝国やドイツ第三帝国が行った(とされる)蛮行の大部分は彼らによって創始され、誇らしげに宣伝されました。
その「恐怖」に実体を与えたのはいうまでもなく「速度」です。

いかなる辺境の地であっても、アッシリアの大王に反逆した者は、旬日を出ずして残虐無比な戦車軍団に猛襲され、苛烈を極める拷問の末に苦痛に満ちた死を迎えるであろう。
諸国は震え上がり、アッシリアを「狼」と、「恐怖の国」と呼びならわしました。

かくてアッシリアは紀元前671年にザグロス山脈からエジプトまでを征服、史上はじめて全オリエント世界を統一するに至ったのです。

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(現在のニネヴェ)


しかし・・・・・・「恐怖の帝国」、「アッシリアの残虐」といった世評は著しく誇張されたモノなのかも知れない、というのが最近の学説です。
戦犯は『旧約聖書』。

古代ユダヤ人にとって、アッシリアは北から襲い来る恐ろしい敵国であり、神の鞭でした。
預言者たちはアッシリアを神の怒りの器と見なし、ありとあらゆる修飾でもってその力と恐怖を描き出しました。
どだい合理的に考えれば、アッシリアは恐怖を「道具」として利用したのでしょう。

より重要なのは、やはりアッシリアが史上最初にひとつの「文明圏」を覆うほどの版図を達成し、多種多様な諸民族に強力な支配を敷いたこと。
いうなれば、「主観的には世界の覇者」にまでなりおおせたことです。

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(神のごとき高みに達したトゥクルティニヌルタ一世は、もはや空位となった神の玉座を礼拝する)


近代以前において、人々にとって「世界」はこの惑星の全てではなく、彼らの属する社会における地理的認識の限界までを意味していました。
古代オリエントの人々にとって、人間が住む既知の世界はイラン高原から地中海とナイル川まで。
アッシリアはその全土を従え、「世界を統一」したのです。

ここから二千年以上にわたる「帝国」の時代が始まります。
アッシリア帝国の成立から、それこそ20世紀の初頭まで。
人類の大部分は地球上のさまざまな地域に成立し、それぞれ「主観的には世界の覇者」となった「帝国」のなかで生きていました。

世界史のもっとも豊穣な部分を彩る数多の「帝国」の先駆者たるもの、それが「恐怖の帝国」と呼ばれたアッシリア。

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(ISILがニネヴェの城壁を爆破した写真、とされる画像)


アッシリア帝国は全オリエントの統一を達成した直後、実に呆気なく崩壊します。
長年にわたる圧制と恐怖政策によって諸国の民の怨念は臨界に達し、あまりに巨大な版図ゆえにさしものアッシリア軍といえども至るところで火を噴く反乱を全て鎮圧するのは不可能となっていたのです。


主は その威厳ある声を聞かせ、激しい怒りと、焼きつくす火の炎と、豪雨と、暴風と、ひょうとをもって その腕の下ることを示される。
主が そのむちをもって打たれる時、アッスリヤの人々は 主の声によって 恐れおののく。
主が 懲しめのつえを 彼らの上に加えられるごとに鼓を鳴らし、琴をひく。主は 腕を振りかざして、彼らと戦われる。
焼き場は すでに設けられた。しかも 王のために深く広く備えられ、火と多くのたきぎが積まれてある。主の息は これを硫黄の流れのように燃やす。
(中略)
アッスリヤびとは つるぎによって倒れる、人のつるぎではない。
つるぎが彼らを滅ぼす、人のつるぎではない。
彼らはつるぎの前から逃げ去り、その若い者は奴隷の働きをしいられる。
彼らの岩は恐れによって過ぎ去り、その君たちはあわて、旗をすてて逃げ去る。


(旧約聖書「イザヤ書」第30章~第31章)


紀元前612年、メディア、新バビロニア、そしてスキタイの連合軍が帝国の首都ニネヴェを急襲。
積年の恨みに報いるがごとくアッシリアの民は老いも若きも男も女もことごとく虐殺され、地上から消滅したと伝えられています。(きっと誇張なんだろうけどね)


しかし、ニネヴェは廃墟となって残りました。

はるかのちに、とある学者がニネヴェの廃墟で膨大な粘土板を擁する大図書館の跡を発見します。
アッシリア帝国最末期の王、アッシュールバニパルが建設したと伝えられるものです。
ここにはシュメール・アッカド以来の記録文章や伝承文学の数々が収められていました。
無論、世界の歴史上で最初の「帝国」が、いかにして「支配」という技術を磨いていったかという痕跡も。

そう、ニネヴェは最初の「帝国」の首都であったからこそ、そこにはその後の二千年にわたる「帝国の時代」を理解するための鍵が今も眠っているはずなのです。



さて、ようやっと本題に戻ると(今までのは余談だったのか!)。

ISILの構成員と話したことはないから彼らの内在論理は知らないけれど、イスラーム原理主義の過激派という典型的な理解が正しいとすれば、彼らの遺跡破壊は「イスラーム以前(ジャーヒリーヤ時代)の遺物に価値なんぞない」という思想と、「そんなもんを有難がるのは偶像崇拝だろ」という憤懣と、「アムリーキーヤ(アメリカ)がムカつくからせいぜい嫌がらせしたれ」という心情に基づくのかなと。

(かなり適当である。ちゃんと検証すれば、もうちょっと戦略的な狙いがあるんだろうけど)

誰しも自分が間違った行為をしていると思って行為するわけではない。
価値観は相対的なもの。
破壊もまた歴史の一部。
形あるものはいつか壊れる。

そうした言葉はどれもおそらく真実であって、ただ闇雲にISILを野蛮と罵るだけでは何の意味もないのだろうと思います。
ただ、ニネヴェの爆破が真実であれば、それはとても残念なことです。

三千年前に世界で最初の「帝国」を築いた人々は、彼らが栄光の極みにおいて作り上げた帝都が、こんな結末を迎えるとは予想もしていなかったはずですから。
21世紀に生きる我々は、先古典時代から伝わる世界遺産を未来に承継する使命を果たせなかったのですから。

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(アッシリア帝国末期、ニネヴェの図書館を舞台とした怪奇譚『文字禍』を収録)






ですます調で文章書くと疲れマスね。(ぼそっ)

陳舜臣先生が逝去(15/1/21)

小説家の陳舜臣さん 死去

中国を舞台にした歴史小説を数多く発表してきた小説家の陳舜臣さんが、21日朝、老衰のため神戸市内の病院で亡くなりました。90歳でした。



陳舜臣(Wikipedia)

陳 舜臣(ちん しゅんしん、1924年(大正13年)2月18日 - 2015年(平成27年)1月21日)は、推理小説、歴史小説作家、歴史著述家。代表作に『阿片戦争』『太平天国』『秘本三国志』『小説十八史略』など。『ルバイヤート』の翻訳でも知られる。神戸市出身。本籍は台湾台北だったが、1973年に中華人民共和国の国籍を取得し、その後、1989年の天安門事件への批判を機に、1990年に日本国籍を取得している。日本芸術院会員。


まずは御冥福をお祈りします。高齢なのは知っていたものの、まさか大正生まれだったとは。


陳先生は、田中某先生や宮城谷某先生が登場して本屋の棚が賑やかになるよりもずっと前から、日本人がふと中国史に興味を持った時に手に取れる本を書いてくださってきた方でした。
思えば自分も、中国史に初めてまともに接したのは中学の時に読んだ陳先生の『中国の歴史』シリーズ。

中国の歴史(一) (講談社文庫)

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有名な『小説十八史略』とは別のシリーズで、小説というよりも通史という雰囲気で(興味を引き、読みやすくするための脚色はいろいろあるけど)、先史古代から現代までを語っていく内容でした。

小説のほうはそれほど多く読んだわけではないけれど、『阿片戦争』や『インド三国志』は印象に残っています。
『耶律楚材』や『桃源郷』、『魏の曹一族』も読もうと思いつつまだ読んでないや。


使い古された言葉ではあるけど、また「ひとつの時代が終わった」という感慨が去来します。


謝謝.我們非常感謝你.
聽到陳舜臣老師突然逝去的消息我們都很愕然,謹致以深切的同情和問候.

(しかし考えてみると陳先生の母語は日本語だったのかな?)




次はあまり遅くならないうちにイスラーム世界の歴史の続編、セルジューク朝についてアップします。