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世界史情報局

世界の全史を自分なりに見渡してみようと思って始めたブログ。近代以前の世界史の中心だった東アジアと西アジアの視点から、なるべく手を広げながら通史を書いています。根も葉もない出鱈目は書かないけど、面白さ重視で描写の脚色もします。

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ヴァスコ・ダ・ガマの「聖戦」、ただし読みかけ

中華世界の歴史かイスラーム世界の歴史を先に進めて、さっさと孔子とガズナのマフムードを登場させないといけないのだが、最近いまいちアウトプットに気が乗らない。

というわけで、歴史も歴史以外も合わせて、さしあたりブログ本流にあまり関係のない分野の本をいくつか並行して読んでいる。

そのなかで、たったいま目の前にあるのがこれ↓

ヴァスコ・ダ・ガマの「聖戦」: 宗教対立の潮目を変えた大航海

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いわゆる「大航海時代」のなかでも、世間によく知られているのはスペインが担った西方進出、アメリカ大陸の征服史だと思う。
ポルトガルのアジア進出については、辛うじてインド航路を「発見」したヴァスコ・ダ・ガマの名前が教科書に載ってる程度で、直後にインド洋世界に嵐を巻き起こしたアフォンソ・デ・アルブケルケの名前は用語集にすら載っていない。(と断定したが、面倒なので裏は取っていない)

Afonso_de_Albuquerque_2.jpg
(アルブケルケ。英語だと「アルバカーキ」だが、ニューメキシコ州の都市の由来は同名別人らしい)



そもそもヴァスコ・ダ・ガマという人物からして、何者なのかいまいちイメージがわかない。(少なくとも自分は)
コロンブスであれば、一般的イメージでは偉人、歴史マニア的イメージでは妄想狂の大山師()とか、ちゃんと印象が定まっている感じなのだが。

しかし同時代のインパクトからすれば、ガマのほうがコロンブスより上だと思うのだ。
コロンブスは死ぬまで自分が到達した土地が新大陸だということを認識していなかった。
何十年かすると南アメリカからわんさか金銀が輸出されて世界経済が大変なことになるのだが、とりあえずリアルタイムで考えますと。
そもそもイベリア二国が海に乗り出した主目的はアジア直通航路の開拓であって、それに成功したのはガマであってコロンブスではない。
「西欧の世界制覇」という観点から考えても、ユーラシアこそが真の征服対象であって、両アメリカはそのための手段という感じが。

そんなわけで最近本屋で見かけたこの本が気になり、このほど入手した次第である。


読んでみると、この本はガマの伝記というよりもポルトガルの海洋進出史全体を扱っているらしい。
「らしい」というのは、実はまだ4分の1ぐらいしか読んでいないからである。
完読もしないうちに記事にするとは適当な話ではあるが、たまには更新をしないとブログが干からびてしまう。

Pacific_saury_dried_overnight.jpg
(サンマの干物は値がつくが、ブログの干物は値がつかない)


で、今のところヴァスコ・ダ・ガマ本人はプロローグにチラッと出てきてからとんとご無沙汰なのだが、ポルトガルの海洋進出史というのはこれが実になかなか波乱万丈で面白い。


まず、前史としてポルトガル建国の頃の話。

1357年に王位についたペドロ1世は「正義王」とも「残酷王」とも呼ばれる人物だった。
ただしほとんど同時代に活躍し、まったく同じ本名と全く同じあだ名を持ち、青池某先生の漫画の主人公になったカスティーリャ国王とは別人である。

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(青池某先生の漫画)


イベリア半島にはどうも同名別人が多いのでややっこしい。カタルーニャ伯家なんて「ラモン・ベランゲール」と「ベランゲール・ラモン」をひたすら反復している始末である。
(時々「ラモン」単体と「ベランゲール」単体が混じる)


さて、ポルトガル版ペドロ1世は王位に就く前、カスティーリャから迎えた妻の侍女であった「イネス・デ・カストロ」と熱烈な恋に落ちた。

なお、「カストロ」というとキューバの某老人を連想してしまうが、これはただの名字なので問題ない。
キューバの某老人の個人名は「フィデル」。これは男性名。本件の美女の個人名は「イネス」。これは女性名。

200px-Fidel_Castro5_cropped.jpg
(イネス・デ・カストロとの血縁関係はない。たぶん)

王子は政略結婚のために迎えた妻にまったく興味を示さず、どうでもいい侍女に熱をあげている。
父王は困惑し、ついで激怒し、最終的に家臣に命じて元凶のイネスを殺させた。まあ、この程度なら世界史上べつに珍しくもない展開である。

が、そこからが振るっている。

やがて王位についたペドロは、最愛の恋人を殺した貴族たちを呼び出し、「生きながら前と後ろから心臓を掴みださせて引き裂き、スパイスをぶっ掛けてそれを貪り食った」という。

さらに「埋葬されたイネスの遺骸を掘り出し、王妃の衣を着せて玉座にもたれかからせ、貴族たち全員に彼女の手に接吻することを命じた」という。

これは「悲恋」なのだろうか。
個人的にはむしろ「狂恋」じゃないかと思うのだが、どうもポルトガル王家には尋常ならざる情熱的な血が流れていたんだろう。


さて、いよいよ「大航海時代」がはじまる。

ペドロ1世の子のジョアン1世には三人の王子がいた。ドゥアルテ、ペドロ(またか!)、そしてエンリケである。
王子たちが成人に達したとき、父王は騎士叙任のために華やかなパーティーを開く計画を立てた。
ヨーロッパ中から貴顕を招き、一年中馬上槍試合と一騎打ちとダンスとゲームをして過ごそうというのだ。親馬鹿というやつだろう。
しかし、情熱あふれるポルトガル王家の子供たちは納得しなかった。

「父上! 私たちは騎士になるのだから戦いとうございます!」

もっともではある。
だが、ここに大きな問題がある。目下ポルトガルには戦うべき敵がいないのだ。

そもそもポルトガル王国は、レコンキスタの過程でわりと早いうちから対イスラーム前線を失った。
つまり東の国境を全部カスティーリャ王国に蓋をされ、異教徒と戦う必要が無くなったのだ。カスティーリャ王国との小競り合いもままあるにせよ、総じて暇である。

「陸に敵がいないなら海から行きましょ! 行きましょ!」

王子たちは父王を説き伏せて大借金をさせ、艦隊を作ってジブラルタル対岸のセウタを襲撃した。
その頃のポルトガル人はまったく海に不慣れであったので、新造の艦隊はセウタの目の前で何時間も行ったり来たりした。騎士たちはみな船酔いした。

ようやく上陸に成功すると、王子たちは俄然若さに任せた力攻めでセウタを奪い取った。
奪い取ったは良いものの、セウタを抑えていたイスラーム商人たちはすぐに近隣のタンジールに移住したので、この勝利はポルトガル王国の国庫にまったく益することなく、ただ莫大な借金だけを残して終わった。

まあ、偉業というのはたいていこうした馬鹿らしい事件が発端になるものだ。
あとから見れば、このセウタ攻略がポルトガルの海上進出の発端であるらしい。


Perejil-neutral.png
(セウタ。こんな地形じゃ、陸から攻めるのも海から攻めるのもさぞ難しかろう)


次にはジョアン2世に散々こき使われたあげく、エチオピア皇帝の顧問官になって生涯を終えた男について書こうと思ったのだが、なんだか長くなりそうなのでひとまずここで。


個人的に、こういう歴史の大きな流れの陰に隠れた挿話をたくさん知ることができる本は大好物である。

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