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世界史情報局

世界の全史を自分なりに見渡してみようと思って始めたブログ。近代以前の世界史の中心だった東アジアと西アジアの視点から、なるべく手を広げながら通史を書いています。根も葉もない出鱈目は書かないけど、面白さ重視で描写の脚色もします。

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イスラーム世界の歴史4 代理人の時代

マッカ入城から2年後の632年5月、アラビア半島の支配者となった預言者ムハンマドはにわかに重病に陥り、晩年に最も愛した妻のアーイシャの腕に抱かれて6月8日の午後にこの世を去った。
最期の言葉は「高貴な友が迎えに来る」というものだったと伝えられる。

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(預言者ムハンマドの死)


突如として指導者を失った信徒たちは「雨の夜の羊のように」呆然とした。
ムハンマドの信頼厚い熱血漢のウマル・イブン・ハッターブは「預言者は死んだのではない! 彼はムーサー(モーセ)のように神のもとへ行っただけで、40日後には戻ってくるのだ!」と叫んだ。

ムハンマドの親友で教団の長老格だったアブー・バクルは涙が頬を流れるまま、静かにウマルを諭した。
「たとえ誰がどれほどムハンマドを崇めようと、彼は確かに死んだのだ。これまで何人もの預言者たちが死んだように、彼もまた死んだのだ。いつもムハンマドは言っていたではないか。預言者は神ではなく人間なのだと」

そこに急報が届いた。


かねてマディーナの先住者(アンサール)たちは、ヒジュラ以来増大する一方のムスリムたちの生活を支えているにも関わらず、酬いが少ないことに不満を募らせていた。
彼らは預言者の死を機に集会を開き、ムハンマドの後継者は自分たちの中から選ばれるべきだと気勢を上げているという。

アブー・バクルやウマルはすぐに現場に駆けつけ、ウンマ(イスラーム共同体)の分裂を回避するためには終始ムハンマドと労苦をともにしたマッカ以来の信徒(ムハージルーン)から次の指導者を選ぶべきだと説得した。

激しいやり取りが深夜まで続いた末、当のアブー・バクルをウンマの次の指導者とすることに合意が得られた。
翌日、信徒たちはアブー・バクルに次々に忠誠を誓う。
アブー・バクルは「神の使徒の代理人」を意味する「ハリーファト・ラスールッラー」という称号を名乗った。
いわゆる「カリフ」である。

このときムハンマドの最近親者である娘ファーティマ、従弟アリー、叔父のアッバースは葬儀の準備に追われ、状況をまったく把握していなかった。
彼らはムハンマドの有していた政治的権力や資産は一族が受け継ぐべきだと主張し、何か月ものあいだアブー・バクルのカリフ選出を否認し続けることになる。

Abu_bakr2.jpg
(信徒たちから忠誠の誓いを受けるアブー・バクル)


アブー・バクルはムハンマドの長年の親友で、正直で温厚な人物として知られていた。

彼はウンマの指導者となってからも、「自分はあくまでも平等な信徒たちの一人に過ぎない」という立場を貫き、富や権力を私物化しようとしなかった。
カリフ就任当初、アブー・バクルは隣人のラクダの見張りをして生計を立て、役人がいないので税として集まって来たラクダを自分で数えたといわれている。

また、彼は預言者ではないので、宗教上の問題に裁定を下すこともできない。
ムハンマドの死後は、彼の残した数々の啓示や、日頃の習慣がそのまま宗教倫理の基準となり、残された信徒たちは預言者の言動を大切に記憶し、語り伝えていく。
それが「コーラン」という一冊の書物に纏められるのは、もう少し後のことになる。


一方、アラビア半島各地ではムハンマドの死によって、それまでウンマに従っていた諸部族が一斉に離教・離反し始めた。
彼らはあくまでもムハンマド個人に忠誠を誓ったのであり、預言者が世を去った以上、イスラームの信仰を捨てて独立を回復するのは当然と認識していた。

マディーナへの貢税は停止された。
それどころか、半島中部のヤマーマでは「ムサイリマ」という人物がムハンマドと同じように預言者を自称し、「ラフマーン」という唯一神の啓示を受けたと主張した。
マディーナ近辺でも同様の「偽預言者」が現れ、ベドウィンを煽って攻勢をかけてきた。


よろしい、ならば戦争だ!

ヒジャーズ地方の諸都市は、これをイスラームのみならず、ヒジャーズに対する包囲と捉えてアブー・バクルのもとに結束を固めた。
アブー・バクルはウフドの戦いでムハンマドに泥をつけたウンマきっての名将、ハーリド・イブン・アルワリードを起用した。
ハーリドはヒジャーズ地方の総力を挙げた大軍勢を率いて内陸に進撃し、ヤマーマの「偽預言者」ムサイリマと彼の支持者たちを討ち果たした。
ハーリドはサイフッラー、すなわち「神の剣」と讃えられた。

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(リッダ戦争)


ムサイリマの敗死により、再びウンマの勢威がアラビア半島を圧する。
離反した諸部族は相次いでアブー・バクルに使節を送り、帰順とイスラームへの復帰を誓約した。

この戦役は「リッダ(背教者)戦争」と呼ばれる。
633年の末までには、リッダ戦争の勝利によってアラビア半島の再統一がほぼ達成された。
こうして、いよいよ世界史に名高い「アラブの大征服」が開始される。


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